半導体レーザー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/18 09:52 UTC 版)
同じものを指すのに、ダイオードレーザー (英語: diode laser) [注 1]や、レーザーダイオードという名称も良く用いられLDと表記されることも多い。半導体の構成元素によって発振する中心周波数、つまりレーザー光の色が決まる。常温で動作するものの他に、共振器構造や出力電力によっては冷却が必要なものもある。
概要
レーザーの発振には反転分布の形成が必要であるが、このための励起機構としては、半導体に数ボルトほどの電圧を印加することで電子を注入する方式が一般的である。基本的にはpn接合領域の両端から電子と正孔を加え、これらが再結合する時に光子の形でバンドギャップに相当するエネルギーを放出するのを利用する。量子井戸構造などを用いて電子と正孔を接合部の狭い領域に高密度に注入することで、最初の小規模に放出された光(=電磁波)が次々と誘導放出を招くことで継続的に発光現象を生じさせ、雪崩のように光量が増す効果を利用している。誘導放出によって増幅された光は、共振器構造によって発光領域内を幾度も反射させられるため、光は同相状態で増幅されて定常的に発振し、位相の揃った光であるレーザー光がハーフミラーである端面から放射される。
一般的には、共振器を半導体基板と平行に作り込み、へき開した側面から光が出射する構造である。このような構造の半導体レーザを一般的に端面発光レーザー (Edge Emitting Laser, EEL) と呼ぶ。一方、光が半導体基板と垂直に出射する構造のレーザーを面発光レーザ (Surface Emitting Laser, SEL) と呼び、中でも共振器を半導体基板と垂直に作り込んだ面発光レーザは垂直共振器面発光レーザー(Vertical Cavity Surface Emitting Laser, VCSEL、ビクセル)と呼ばれる。共振器を外部に持つ外部共振器型垂直面発光レーザー (VECSEL) も普及しつつある。
LEDとの比較
一言でいうと、半導体レーザーはレーザー発振の条件を満たしたLEDである。両者は半導体のPN結合に流れる電流のエネルギーで発光するなど、共通点が多く、発光用の電源回路などはほとんど同じものが利用できる。ただし、半導体レーザーは活性層構造とへき開面というキャビティ構造によって共振器を構成する必要があり、光の放射にはLDに特有の性質が伴う[1]。
光
LEDの発光は波長や振幅にばらつきがあるが、LDでは比較的そのばらつきが少なく、ほとんど揃っていると言える。例えば赤外線発光LEDと赤外線発光LDで比較してみると、ピーク波長に対する相対光出力が50%となる波長の広がりは、LEDで900-970nmと70nm幅であるのに対して、LDでは807.5-808.5nm弱と1nm以下になっており、その比は70倍以上である。また、LDの光は波長だけでなく位相も揃っており、このような光は「コヒーレント光」と呼ばれる。コヒーレント光はレンズなどで収束させる場合でも色収差が起きないなど光学系の設計が単純なまま高精度に作れる利点があり、また、コヒーレント光同士が互いに干渉しあう性質から精密測定分野でも利用される[2]。光の出力方向についても、LEDはある程度の広がりを持って出てくるが、ストライプ型LDでは出射端面が薄い板状なので、回折により楕円ビームが出射される。また、LDでは半導体材料の性質により発振に優位な方向の直線偏光となる。この方向は一般に活性層のストライプ方向である。LEDや他の大多数の発光装置では偏光がランダムな無偏光光が生じるが、LDの光は偏光を伴って出力される[1]。
変調
半導体レーザーは光による共振が生じることで発光するため、特定の値以上の電流が流れないとLEDと同じく自然放出光を出射する。これは「閾値電流特性」と呼ばれ、閾値電流以上の電流注入でレーザー光が出てくる。また、この閾値近くでの電流の増減では、極めて高い感度で光出力の切り替えが行えるため、GHz領域での変調も可能となっている[1]。
レーザー発振による放射光
LDは多くのLEDと同様にダブルヘテロ構造を備えた光学半導体であるが、LEDと異なりLDはへき開によって作られた活性層の片側が半反射する鏡(ハーフミラー)と高反射率の鏡面になっている。これらの反射面は屈折率の異なる層で構成されており、活性層を挟むクラッド層との境界面も同様に屈折率が異なるためにこちらは全反射して光が漏れにくい構造になっている。また、クラッド層の外部にはストライプ状の電極が備わっており、電界が加わる領域を細く限定している。ストライプ電極から5V程度の電圧が印加されることで電子がクラッド層を経由して活性層内を流れると、途中の原子は励起され自然放射によって最初の光子が放たれる。光子が周囲に放射されると今度は電界によって活性化されていた原子は誘導放射し、入射光と同じ波長、同じ位相の光が放たれる。最初の入射光はそのまま通過するので、誘導放射の過程での出射光は入射光よりも大きくなる。この反応は連鎖的に行われ光量は増すが、両端部の反射面との間を幾度も反射を繰り返しながら往復する光だけが強度を強めるので、やがて同じ波長(周波数)で同じ位相を持った光だけが主体となり、共振状態に至る。このような構造による共振器は「ファブリ・ペロー共振器」と呼ばれ、共振を起こす領域はクラッド層に挟まれた薄い活性層とストライプ電極の近傍、そしてへき開面の半反射鏡の内側に限定される。活性層はnmオーダーで作られるがストライプ電極などはμmオーダーであるため、光が誘導放射される領域は平たくなっている。
光はハーフミラーである一端から出射されるが、平たい領域から出るへき開面からの出射光も端面近傍では楕円形状となる。そして出射端面の開口が波長程度であるため光が回折し、すぐに放射光は楕円の向きが90度ねじれる[2][注 2]。
注釈
- ^ IUPACでは、「半導体レーザー」はなく、「ダイオードレーザー」という用語を推奨している。
- ^ 出射する光の形、つまり光量の広がりの形状は、素子のレーザー出力部直近のものがNFP(Near Field Pattern) と呼ばれ、出力部より数cm離れたものがFFP(Far Field Pattern) と呼ばれる。NFPとFFPで90度ねじれる。
- ^ 半導体による光の増幅は可能だが、荷電キャリアの吸収によるフォトンの損失で実現できないだろうと、エドワード・テラーやジョン・バーディーンなどに語っている。
- ^ このときの発明の名称は「半導体メーザー」となっているが、赤外線の増幅を意図したものであった。この特許出願に記載の、半導体への自由キャリアの注入によって再結合放射(発光)を起こす機構は半導体レーザーでも用いられる。
- ^ この特許権は後年否定された。
- ^ これに関しては その真偽に関する調査がおこなわれた。
- ^ 長波長の半導体レーザ光で発振用の結晶(レーザー結晶)を励起することで輝度の向上を試みたり、あるいは非線形光学効果の応用により波長変換を施し、短波長のレーザ光を得る手法(SHGなど)により、可視光レーザー光を発する製品も市販されている。
- ^ レーザーのコヒーレンス性(可干渉性)を利用して、微細な凹凸を敏感に検出することで感度を上げることができるとされる。
出典
- ^ a b c 安藤幸司著、『半導体レーザーが一番わかる』、技術評論社、2011年6月25日発行、ISBN 978-4-7741-4653-9
- ^ a b 常深信彦著、『発光ダイオードが一番わかる』、技術評論社、2010年11月1日発行、ISBN 978-4-7741-4391-0
- ^ a b “「闘う独創研究者」西澤潤一博士が逃した大魚”. 2018年12月22日閲覧。
- ^ http://www.hanel-photonics.com/laser_diode_market_fabry_perot.html 利用可能な波長の概要
- ^ “世界初、発振波長530nm帯で100mW以上の光出力を有する純緑色半導体レーザーを開発”. ソニー株式会社 ニュースリリース (2012年6月21日). 2021年11月4日閲覧。
- ^ J. H. Schön; Ch. Kloc; A. Dodabalapur; B. Batlogg (2000). “An Organic Solid State Injection Laser”. Science 289 (5479): 599-601. Bibcode: 2000Sci...289..599S. doi:10.1126/science.289.5479.599. PMID 10915617.
- ^ 市川結, 谷口彬雄、「有機半導体レーザー」『高分子』 2003年 52巻 10号 p.750-753, doi:10.1295/kobunshi.52.750
- ^ 市川結, 谷口彬雄、「有機半導体レーザー実現に向けた研究開発の現状と課題」『レーザー研究』 2004年 32巻 9号 p.570-575, doi:10.2184/lsj.32.570
- ^ 谷口彬雄、「有機 LED・有機半導体レーザー」『応用物理』 2001年 70巻 11号 p.1294-1298, doi:10.11470/oubutsu1932.70.1294
- ^ 安達千波矢、「大きな発展期を迎えた有機光エレクトロニクス」『学術の動向』 2011年 16巻 5号 p.5_74-5_79, doi:10.5363/tits.16.5_74
- 1 半導体レーザーとは
- 2 半導体レーザーの概要
- 3 歴史
- 4 不得手な発光色
- 5 関連項目
半導体レーザーと同じ種類の言葉
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