前輪駆動 モータースポーツ

前輪駆動

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/26 00:27 UTC 版)

モータースポーツ

サーキットレース

JTCCトヨタ・コロナEXiV
ホンダ・シビック TCR
日産・GT-R LM NISMO

乾燥した舗装路面のサーキットでは、前輪駆動は後輪駆動に比べ以下の点で不利とされる。

  • 加速では慣性の法則により後方へ荷重がかかるため、トラクションが不足しやすい
  • コーナリングではフロントヘビーや横方向のグリップ不足[注釈 4]により、強烈なアンダーステアが発生する
  • ブレーキングではフロントヘビーにより前方に荷重が偏り、後輪のグリップを活かしきれない
  • 前輪を酷使するのでフロントタイヤの摩耗が激しい

つまり自動車の基本である「走る・曲がる・止まる」に加えタイヤ面でも大きなデメリットがあるため、完全に同条件の場合は後輪駆動車と対等な勝負を行うのは難しい。そのためツーリングカーレースでは、性能調整[注釈 5]を受けることで対等なバトルを可能としている例が多い。1980年代以降はベースとなる市販車両に前輪駆動が増えた(対する後輪駆動は稀少になった)ため、性能調整を期待した上で前輪駆動車で参戦することは一般的になっているが、それでも後輪駆動の方が比較的安定した結果を出せる傾向にある。またアンダーステアが強い特性は好き嫌いが分かれ、レーシングドライバーで前輪駆動が苦手・嫌いだと公言する者は少なくない[18][19]

しかしデメリットばかりというわけではなく、例えばリアが滑ってもアクセルを踏み込めば態勢を立て直せるため、ぶつかり合いの接近戦では分がある[20]。また後輪駆動の中でも、FR形式はプロペラシャフトを必要とする分車重が重く駆動損失が大きい、低摩擦路面でのトラクション・直進安定性に欠けるなどの弱点があるため、小排気量クラスや路面が濡れている状況下では、FRより前輪駆動の方が速いケースもある。具体的な例では1971年の富士マスターズ250kmレースにおいて、雨天の中日産・チェリーがFR勢を破って1-2フィニッシュを果たしたほか、1980年代のJTC(全日本ツーリングカー選手権)においても1.6 L自然吸気エンジンのホンダ・シビック[21]トヨタ・カローラFX[22]などが乾燥路面でも同クラスのFR勢を圧倒し、雨天では格上の2.0LのFR勢をも下して総合優勝を果たしたこともある。

1990年代に世界各国で用いられたスーパーツーリング(クラス2)規定では、前輪駆動が初めて国際ツーリングカーレースの主役となり、日本でもJTCCに多数の前輪駆動車が参戦した。

1990年代末期の全日本GT選手権(JGTC、現在のSUPER GT)の、まだ名が馬力を表していた頃のGT300クラスには三菱・FTOトヨタ・セリカ(T202型)などの前輪駆動車が参戦した。タイヤがうまくマッチングしたり、JTCCのコンポーネントを流用したりしたこともあってFTOは表彰台、セリカはポールポジション・優勝も記録している。またセリカは1998年シリーズランキング2位、翌1999年には首位から3ポイント差の3位と好成績を残している[23]

現在、前輪駆動の乗用車をベースとする国際的なレーシングカー規定としてはTCRがよく知られ、日本を含む世界数十カ国でTCRによるレースが行われている。それ以外にも前輪駆動と後輪駆動が混在するBTCC(イギリスツーリングカー選手権)や、前輪駆動車のみで争われるTC2000アルゼンチン選手権のような歴史あるトップカテゴリも健在である。

市販車をベースとしない規定下では極めて例が少ないが、前項で述べたとおりインディ500では前輪駆動車が優勝を果たしたことがある[24]。現代ではLMP1規定日産・GT-R LM NISMOが、「空力を優先しデザインに自由度を持たせるため」として、エンジン駆動においてFFレイアウトを採用していたことが知られている。加速時のみ後輪もモーターで駆動するため実質的には四輪駆動方式となる予定であったが、実戦ではモーターの開発不足により前輪駆動の状態で走行せざるを得ず、大敗を喫した[25]。同車の参戦はこの一戦限りとなったが、MRレイアウトでよりハイパワーなエンジンを持っていたLMP2クラス[注釈 6]よりも速いラップタイムを記録しており、コンセプト自体を否定するには早かったとする見方もある[26]

ラリー/ラリーレイド

シトロエン・クサラのF2キットカー
全日本ラリー選手権スズキ・スイフトスポーツ

ラリーの世界における二輪駆動車クラス[注釈 7]ERC3APRC3JN2など)では、ほぼ全てのマシンがBセグメントハッチバック型の前輪駆動車を採用している。これは、ラリーに多い低摩擦路面では前項で述べた前輪駆動のデメリットが緩和される[注釈 8]ことに加えて直進安定性・操作性で有利なこと、軽量で全長が短く小回りが効きやすいことなどが理由である[注釈 9][27]。ミニやサーブ、シトロエンなどはこの特性を活かし、前輪駆動の技術進歩がまだ十分とは言えなかった1960年代から真冬のラリー・モンテカルロで何度も優勝を重ねていた。また特殊な事例であるがWRC(世界ラリー選手権)では、多大な規則上の優遇を受けた前輪駆動のF2キットカーシトロエン・クサラ)が、1999年のターマックイベントで四輪駆動WRカーを破って2度総合優勝したことがある。

下位クラスの前輪駆動車で培ったマシン開発ノウハウや運転技術が、世界レベルの四輪駆動車で役立ったという事例は多い。その中で最も成功を収めた例はセバスチャン・ローブシトロエンである。ローブの技術の根底にあったのは、前輪のグリップを大切にする前輪駆動車の走り方であった。彼は免許取得後からWRカーデビューまでの間、前輪駆動車を乗り継ぎながらあらゆる運転の可能性を試し、ドリフトを極力せず無駄のないドライビングに行き着いたと言われている[28]。シトロエンも上述のクサラ・キットカーで得た知見により前輪駆動を主体とする4WDラリーカーを開発し[注釈 10][29]、それにローブのドライビングスタイルがマッチしたことで、彼はWRC(世界ラリー選手権)で前人未到の9連覇を達成することになる。

アンダーステアな四輪駆動車に慣れるという点でも前輪駆動車は有用であり、国内でサーブを用いて長らく活躍したスティグ・ブロンクビストは、強烈なアンダーステアを発生したグループBアウディ・クワトロに、後輪駆動車に慣れていたハンヌ・ミッコラよりも順応が容易だったと語っている[30]。またWRCを史上初めて4連覇したトミ・マキネンも、日産・サニーGTI(日本名パルサーGTI)で初めて経験した前輪駆動のラリーカーが、後の成功に役立ったと回想している。

前輪駆動は、当然アンダーステア下でのコントロール、そして駆動力をうまく使いこなして走ることが求められる。それができなければ、速く走ることはできないんだ。そのテクニックは、4WDマシンでも活用することができる。この学びがあったおかげで私は94年のフィンランドでWRC初優勝を達成できたし、三菱ランサーエボリューションに短時間で慣れることにも、かなり貢献してくれたと確信しているよ。 — トミ・マキネン (訳:伊藤敬子)、『サンエイムック RALLY CARS 22』 P95 (2018年11月28日発行)

彼らの活躍は、後輪駆動的なドリフト走法から前輪駆動的なグリップ走法へと、業界の常識自体を真逆に変えてしまった。またこのパラダイムシフトによって、前輪駆動車で用いられていた左足ブレーキがWRCで必須テクニックとなった[31]。こうした変化に伴い、四輪駆動のラリーカーで駆動配分が変更できる場合、前後50:50もしくは前輪をやや多めにするのがセオリーとなった[32]

ラリーレイド(クロスカントリーラリー)においても、サーキットレーサー時代にMINIで活躍した菅原義正は、フロントヘビーなカミオン(トラック)の運転感覚が前輪駆動車に近いということに気づいてから、カミオンの走らせ方が分かるようになったと語っている[33]。前輪駆動車自体の参戦事例としては、まだ今ほど高速化の進んでいなかった1970年後半〜1980年代前半には、シトロエン・CXのワークスマシンが各地のラリーレイドイベントで優秀な成績を収め、総合で表彰台に登ることもあった[34][35]が、現在はほぼ全く見られなくなっている。

ドリフト

前輪駆動車で行うドリフト走行は俗に『Fドリ』と呼ばれ、ラリーやジムカーナダートトライアルなどでは重要な技術である。しかし安定しやすい前輪駆動車で後輪もしくは全輪を滑らせるには工夫した荷重移動を行う必要があり、それでいて限界域でのコントロールも難しいため、Fドリで速く走るにはそれなりの訓練と習熟が求められる。またかつて前輪駆動特有のデメリットであったタックインも、ドライビングテクニックとして用いられていたことがあった。

採点競技としてのドリフトではFRレイアウトより著しく不利なため、ごく一部を除けば用いられることはほぼ無い。ただしFドリの腕を競う走行会は各地に存在する。

ドラッグレース

直線の加速のみを競うドラッグレースでは、あえてトラクションで不利な前輪駆動を好んで用いる競技者も少なからずおり、『FFドラッグ』(英:FWD Drag)という一つのジャンルとして成立している。前輪駆動車専門のシリーズ戦も各地に存在する。

一般的な前輪駆動のレーシングカーでは300~400 PS程度が限界であるが、思い切った重量配分ができるドラッグレーサーはそれより遥かに限界点が高く、最大で1900 PSに達する前輪駆動マシンも存在する[36]


注釈

  1. ^ 『トラクション』 ってなんだ? 『パワー』ってなんだ? ①大パワーのFFがない理由(トラクション効率)
  2. ^ a b 武田隆 『世界と日本のFF車の歴史』 グランプリ出版 2009年5月25日 p.9-11, 32, 33
  3. ^ Lone FWD Alvis Grand Prix Car Resurrected
  4. ^ 前輪駆動の衝撃(1934年)GAZOO.com 2022年3月7日
  5. ^ スバルの4WDが雪国で圧倒的に愛される理由 - 森口将之東洋経済オンライン、2016年02月18日
  6. ^ リバース・ステアとは - オートモーティブ・ジョブズ
  7. ^ a b 抜群の操縦安定性!マツダの「SSサスペンション」は何が凄かったのか? - CarMe
  8. ^ Theme : Suspension - When Independence Goes Wrong - Driven To Write
  9. ^ いいサスって何?ダブルウイッシュボーンがいいの?トーションビームはダメなの? Vol.4 実際のクルマを見ながら確かめてみよう - Honda
  10. ^ PRESSE-INFORMATION4WS-Allradlenkung -Das erste elektronische Vierrad-Lenksystem - Mazda Press Portal
  11. ^ 語り継ぎたいこと | 舵角応動型4輪操舵システム(4WS) / 1987 - Honda
  12. ^ 吉田寛, 田中忠夫「アクティブサスペンションと4WS」『精密工学会誌』第55巻第5号、精密工学会、1989年、810-813頁、doi:10.2493/jjspe.55.810ISSN 0912-0289NAID 110001369945 
  13. ^ 油空圧式アクティブサスペンションと4WSの総合制御システムの開発・実用化 (専門向け) - 発見と発明のデジタル博物館
  14. ^ 軽自動車唯一の4WS車!!ダイハツミラTR4/TR-XXアバンツァート4WSの小回りが良すぎる! - Motorz
  15. ^ 意外に重要な「FF車」のリアサスペンション 進歩の変遷に見るクルマのあり方Yahoo!ニュース 池田直渡 2022年5月8日閲覧
  16. ^ 【今さら聞けない】実用車がFFレイアウトばかりなのはなぜ? (2/2ページ)Web CARTOP 2021年8月11日閲覧
  17. ^ 現地生産と国内空洞化(1988年)
  18. ^ 「ミスタースカイラインの素顔」天才ドライバー『長谷見昌弘』の生き様
  19. ^ 土屋圭市がS耐で現役復帰!! ターボのタイプRに本田宗一郎イズムはあるのか!?
  20. ^ 『AUTOSPORT No.1177 2008年10月16日号』P32 三栄書房刊行
  21. ^ 【グループAの名車 06】FFのピュアレーシングカー「無限シビック」はBMWをも凌ぐ速さを持つ! webモーターマガジン 2021年3月20日閲覧
  22. ^ 【グループAの名車10】カローラFX(AE82)はコーナリングマシン。1.6Lクラスでシビックと勝負! webモーターマガジン 2021年3月20日閲覧
  23. ^ 『トヨタ・セリカ(ST202)』JTCCエクシヴを活かして生まれたFF GTマシンの快走劇【忘れがたき銘車たち】As-web 2022年3月19日閲覧
  24. ^ Auto Messe Web編集部 (2019年8月29日). “FF車はレースに不向き? 全米最高峰レース「INDY500」で前輪駆動が勝利していた事実”. Auto Messe web. 2021年5月12日閲覧。
  25. ^ 国沢光宏 (2015年6月20日). “ハイブリッド「レス」で戦っていた日産GT-R LMニスモの真実”. WEB CARTOP. 2021年5月12日閲覧。
  26. ^ GT-R LMニスモは失敗例ではない。ニッサンは挑戦を誇りに思うべき【日本のレース通サム・コリンズの忘れられない1戦】AS-web 2022年8月5日閲覧
  27. ^ Are Rally Cars FWD, RWD, or 4WD?
  28. ^ 『AUTOSPORT No.1044』P47 2005年12月25日発売 三栄書房刊行
  29. ^ 『WRC PLUS 2006 Vol.6』P37
  30. ^ Stig Blomqvist drive
  31. ^ ラリーマシンのブレーキングRed Bull公式サイト 2022年8月14日閲覧
  32. ^ 『AUTO SPORT No.1098 2019年2月1日号』P74-78 三栄書房刊
  33. ^ 『*78歳ラリードライバー : ギネス・ホルダー菅原義正の挑戦』(2019年12月/新紀元社)P142-143
  34. ^ history of a rally legend
  35. ^ ダカールクラシックで走るパリダカの歴代のマシン -ワークス編 -寺田昌弘連載コラム
  36. ^ This 1900-HP Front-Drive Drag Car Is Delightfully Absurdroadandtrack.com 2021年9月16日閲覧
  1. ^ インホイールエンジンとも呼ばれる。元々は初期の航空機に見られたロータリーエンジン(回転式星形エンジン)の技術応用である。
  2. ^ 一般的な前輪駆動の市販乗用車だと前後60:40〜65:35程度。なお前輪駆動車で前後50:50を目指すのは、トラクションの関係で却ってバランスが悪くなる。
  3. ^ 若手設計者コンビによる小型レーサー「トラクタ」開発で前輪駆動が導入されたのは、資産家で主たる出資者でもあったフナイユが「前輪駆動に優位がある」と(根拠もなく直感で)強硬に主張したためである。フナイユは前輪駆動車用に、不等速型ジョイントで耐久性に難があるがコンパクトで製造しやすい「トラクタ・ジョイント」も考案した。後輪駆動を想定していたグレゴワールはフナイユの主張にやむなく前輪駆動車を設計したが、完成した試作車を運転して高いポテンシャルに驚嘆し前輪駆動派に転向、以後1950年代に至るまでのフランス自動車界で、前輪駆動車開発を主導した。
  4. ^ 前輪が駆動と操舵を兼ねていることに起因する
  5. ^ ここではBoPのほか、参加条件や規則上の優遇なども含む
  6. ^ GT-R LM NISMOはV6ターボで約300馬力、LMP2のV8エンジンは450馬力以上。なお車重はGT-R LM NISMOが880kg、LMP2は場合900kgだった
  7. ^ ここでは前輪駆動と後輪駆動のどちらかを選べるクラスのこと。後輪駆動車専門のラリーカーのクラスや規定も存在する。
  8. ^ 加速では駆動輪に十分な荷重があるためトラクション不足の心配が少ない。コーナリングでは後輪を滑らせやすいのでアンダーステアを抑え込みやすい。ブレーキングでは前輪のグリップがすぐ限界を迎えるため極端な前荷重にはならず、車両姿勢は安定し後輪のグリップも使いやすくなる。
  9. ^ いくつかの点について同じことはMRやRRでも言えるが、小型車でMR・RRを採用する市販車が極めて稀少になってしまっているため、メインに躍り出るまでに至っていない。ただしクーペタイプ向けのグループR-GT規定では、MR・RR車両が第一線で活躍している。
  10. ^ 開発責任者のジャン=クロード・ボカールは、前輪だけで300馬力を受け止める必要性の中で「後輪の接地性能を高めて前輪に余裕を持たせることが大切」という知見を得たと語っている


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