仙台藩 支配体制

仙台藩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/03 12:14 UTC 版)

支配体制

仙台藩では藩士の禄として、一般の藩では禄米が与えられるのとは違い、知行地を与える制度を取っていた。ただし、全ての家臣が知行地を持っていたわけでは無かった(詳細は下記参照)。

これは藩主が動員できる兵数より、家臣が動員できる兵数の総数のほうが遙かに大きいという軍制を自然と作りだし、どちらかというと中世に近い支配体系である。知行地内では一定の裁判権も認められていた。仙台藩は大藩であるので、その家臣にも3万石・2万石といった大名級の知行地を持つ者もいた。仙台藩では上級家臣を一門、一家、一族、準一家、着座、太刀上、大番と7つの家格に分類した。また、藩士は藩内に散らばる城・要害・館・所・在所に居住し、仙台に屋敷を持っていた。

このような支配体制を打破するための改革を目指したことが伊達騒動がおきた原因の一つだと主張する者もいる[注 10]

防衛ライン・城・要害

藩全体の戦略

仙台藩内の城・要害の大まかな配置

対羽前 奥州街道沿い 防衛ライン
浮牛城
金ヶ崎城
水沢城 岩谷堂城 人首城 人首川
一関城
佐沼城 登米寺池城
高清水城
岩出山城 宮沢城 西館 涌谷城 江合川
仙台城
若林城
川崎城 岩沼城
平沢館 船岡城 亘理城
白石城 角田城 坂元城
金山城 谷地小屋城
  • この書体 :支藩の城、表向きの主たる用途が要害ではないとされているもの、小規模な要害など。
  • 青字北上川沿いの城・要害
  • 青緑字陸前浜街道浜通り)沿いの城・要害
  • 緑字阿武隈川沿いの城・要害
  • 「防衛ライン」: 河川と2つ以上の城・要害を用いたもの。単独の城・要害と河川の組み合わせは以下に説明。

仙台藩の南側は、城下町・仙台に到る3つルート(海側から、陸前浜街道・阿武隈川沿い・奥州街道)の縦深防御が中心で、それらのルートの結節点にも重要な城・要害が置かれた。以下に、江戸時代後期まで存続した城・要害等を示す。

  • 仙台藩南西部と山形の間のルート等の防御
平沢館 宮城県刈田郡蔵王町平沢
川崎城 伊達邦賢 一門 宮城県柴田郡川崎町前川字館山
谷地小屋城 亘理伊達家 福島県相馬郡新地町谷地小屋字館前
坂元城 大条孫三郎(伊達宗亮) 一家・大進 宮城県亘理郡山元町坂元字館下
亘理城 亘理伊達家 一門・大進 宮城県亘理郡亘理町亘理字旧館
金山城 中島氏 一族 宮城県伊具郡丸森町金山館山
角田城 石川邦光 一門・大進 宮城県角田市角田
白石城天守閣、代々片倉氏が守った。
白石城 片倉氏 一家・大進 宮城県白石市益岡
(奥州街道・白石城下)
  • 南からの動向次第では馬牛沼のあたりを防衛戦に一戦交える計画もあった。
  • 奥州街道Cと阿武隈川Bの結節点
舟岡城 柴田氏(伊達家家臣四保氏の末裔) 一家・大進 宮城県柴田郡柴田町船岡字館山
(奥州街道・船迫宿)
  • 奥州街道Cと陸前浜街道Aとの結節点
岩沼城 古内氏 着坐・大進 宮城県岩沼市鵜ヶ崎
(奥州街道・岩沼宿)
  • 奥州街道C沿い。広瀬川北岸。仙台城下入口の防御
若林城 政宗隠居所 宮城県仙台市若林区古城
(奥州街道・仙台城下)
  • 仙台城

仙台城自体は、北から東側にかけて広瀬川に囲まれ、その内側には北に二の丸空堀、東に二の丸土塁、三の丸水濠などが築かれた。本丸の東側は広瀬川沿いの崖、南側は竜の口渓谷、西側は青葉山丘陵と自然障壁に囲まれ、難攻不落の要塞となっている。また、青葉山丘陵の存在により完全に敵に囲まれることがなく、兵糧攻めに対する兵站路が確保されている。1610年頃に仙台を訪ねたビスカイノは、仙台城のことを当時の日本で最も強固で最良のものの一つであると本国に報告している。

仙台城 伊達氏本家 仙台藩主 宮城県仙台市青葉区青葉山
(奥州街道・仙台城下)
  • 仙台城下

仙台城下町は当然防御戦を前提に都市計画されている。南側は広瀬川によって守られ、奥州街道沿いに長町方面から進んだ場合、河原町で渡河することになるが、すぐ西に若林城が配置され、河原町から北側には足軽屋敷が集中している。奥州街道は仙台城下の中心で仙台城大手門に連なる芭蕉の辻までの間、何度か折れ曲がる地点があり、直進できないようになっている。東側は若林城から原町方面まで天神宮・薬師堂等寺社地が連なり、北側は北山丘陵に沿って輪王寺等の寺社地が配置された。西側からの交通は山岳険しく困難である。

仙台の北側には東西に連なる「松島丘陵」があり、仙台平野を南北に分断している。松島丘陵の北側は、広大な仙北平野となっているため、防衛には仙台藩南側のようなルート沿いの「縦深防御」ではなく、「防衛ライン」を横方向(東西)に引くことになる。仙北平野の防衛ラインは「江合川」である。

  • 江合川の「防衛ライン」(東から)
涌谷城 涌谷伊達氏 一門・大進 宮城県遠田郡涌谷町城山
西館 後藤氏 宿老 宮城県遠田郡美里町不動堂字西館(鶴頭公園)
宮沢城 長沼氏 着坐 宮城県大崎市古川宮沢
(奥州街道・古川宿)
岩出山城 岩出山伊達氏 一門・大進 宮城県大崎市岩出山字城山(有備館

仙北平野の防衛には、奥州街道沿いの防衛と、北上川沿いの防衛も組み合わせて、縦深防御も実現している。

高清水城 石母田氏 一族・大進 宮城県栗原市高清水東館
(奥州街道・高清水宿)
佐沼城 亘理氏 一家・大進 宮城県登米市迫町佐沼字内町
  • 北上川沿い(南から)大身の家臣らの要害が並ぶ。この地帯の防御を重要視していた事がうかがえる。
登米寺池城 白石氏
(登米伊達氏)
一門・大進 宮城県登米市登米町寺池桜小路・上町
一関城 田村氏 一関藩藩主
(伊達家外戚)
岩手県一関市
(奥州街道・一関宿)
水沢城 留守氏
(水沢伊達氏)
一門・大進 岩手県奥州市水沢大手町
(奥州街道・水沢宿)
金ヶ崎城 大町氏 一族・大進 岩手県胆沢郡金ケ崎町西根字白糸・刈屋
(奥州街道・金ヶ崎宿)
  • 人首川沿いの防衛ライン
人首城 沼辺氏 岩手県奥州市江刺米里
岩谷堂城 岩城氏
(岩谷堂伊達氏)
一門・大進 岩手県奥州市江刺岩谷堂
浮牛城 中島氏 一族 岩手県北上市口内町松坂
  • 盛岡藩との非公式な交渉の場にも使用されていたようである。盛岡藩は様々な要因が重なり、政情不安で、百姓一揆の件数は日本一であった。難治の藩である。その境界となるので、何かと問題も有ったのであろう。

戦術的重要施設

仙台藩内には、長期籠城戦を見据えた大規模な城および港湾が合計4ヶ所あった。

  • 籠城戦に耐え得る城
  • 鎌倉」型の要害
    • 松島湾(狭義)- 瑞巌寺
      松島は、「鎌倉」と同様に三方を山(松島丘陵)に囲まれ、さらに前面の松島湾(狭義)は多島で暗礁の多い湾となっている。また、島と島の間には各所に水道があり、潮流が速い。そのため、四方とも大軍を進めるには困難である。そんな松島にあって、さらに崖に囲まれた地区にある瑞巌寺の畳下には、寺院としては不釣り合いな分厚い板が張られており、瑞巌寺自体が防衛拠点となるよう建築されたと考えられる。
    • 塩竈湾 - 鹽竈神社(山城型)
      塩竈の前面の塩竈湾は、松島湾に比べるとやや水深があり、島も少ないが、松島と同様に「鎌倉」型の地形である。鹽竈神社は港を囲む山の1つの頂上近くにあって、山城としての機能も持っている。港に注ぐ谷川沿い低地から上がる急階段を表参道とし、その他は山に囲まれている。そのため、伊達氏のみならず、歴史的に多賀城奥州藤原氏などの保護を受けた。

重臣




注釈

  1. ^ ただし、江戸時代初期の武鑑では、薩摩藩石高のうちの琉球王国分12万石を含めないで序列を決めために、薩摩藩より上の第2位に書かれることもあった。
  2. ^ この時期、政宗がスペインや大久保長安と結んで倒幕を図っていたという説がある。こうした説は明治時代から存在したが[6][7]、これには批判もある[8]
  3. ^ 仙台藩では、本陣のことを外人屋と称した。現在の仙台市青葉区国分町二丁目。のちに南條小児科医院が開院した場所。現在、同院はない。
  4. ^ 後見人に伊達宗勝田村宗良
  5. ^ 後見人に堀田正敦
  6. ^ 『読書余適』は仙台侯国の石高を200万石と記述しているが、その根拠を記せず、それにもかかわらず飢饉で餓死者数万人を出したという文章に繋がる。一方『東潜夫論』は、仙台藩について「150万の人口と伝えられており、250万石を越えるに違いない」という、前提となる人口自体が過剰となる伝聞による石高推論である。『東潜夫論』では佐渡12万石(1万7,000石)、隠岐6万石(5,000石)と、太閤検地の10倍の数値が示されており注意を要する。
  7. ^ ただし、幕末の仙台藩は、幕府に対してほぼ毎年50万石の損毛高を報告し続けており、実態以上の被害を報告することで普請免除を正当化したとみられる。
  8. ^ 人口の復元方法は主に高木正朗・新屋均(2006年)による。なお人口に関しては古文書にみられる数字を尊重し、記録のない時期に関しては、江戸時代初期の人口は会津藩の公式人口記録(『会津家世実記』)、江戸時代末期の人口は西磐井郡狐禅寺村・下油田村・峠村・中村、東磐井郡赤生津村・大籠村・新沼村・増沢村・保呂羽村の人別改帳の人口を元に再現している。
  9. ^ それにもかかわらず仙台藩側は宇和島藩を配下扱いしたため、両藩の関係は良好とはいえないものとなった。(本家末家論争の項も参照のこと)
  10. ^ 伊達家の古くからの家臣には、江戸時代前期までに改易や降格、中枢から外れるなどの憂き目に遭った家が少なくない。奥州仕置による旧領喪失、政宗の指示に従ったことから豊臣秀吉によって改易となった元戦国大名層など丁重に遇さざるを得ない家が新たにいくつも最上層に加わったことは、従来の勢力均衡を崩し、不満と新旧の対立が生じ、伊達騒動にまで影響した可能性は否めない。
  11. ^ 仙台藩では家老職を奉行と称した。
  12. ^ ただし、譜代家臣、家格の高い家の分家筋や親族なども多く、すべてが政宗時代に新たに召し抱えられたわけではない。

出典

  1. ^ 村川浩平『日本近世武家政権論』
  2. ^ a b c d 『角川日本地名大辞典4 宮城県』32-33頁。
  3. ^ 小倉博, 『仙臺』(1924)
  4. ^ 大泉光一『支倉常長 慶長遣欧使節の悲劇』中央公論新社、1999年など。
  5. ^ 田中英道『支倉常長 武士、ヨーロッパを行進す』ミネルヴァ書房、2007年、pp. 58-64.など。
  6. ^ 箕作元八「伊達政宗羅馬遣使の目的」『史学界』三の十一、1901年
  7. ^ 阿部秀助「大久保長安と伊達政宗」『史学界』五の一、1903年
  8. ^ 小林清治『伊達政宗の研究』吉川弘文館、2008年、239-242頁)。
  9. ^ 『仙台藩士幕末世界一周』荒蝦夷 2010年
  10. ^ 佐藤大介 著 中塚武 監修「第三章 文化期の気候と加賀藩農政」『気候変動から読み直す日本史6 近世の列島を俯瞰する』p212-214 2020年11月30日 臨川書店 全国書誌番号:23471480
  11. ^ 白鳥事件について (PDF)”. 柴田Y2ネトワーク. 2019年2月14日閲覧。
  12. ^ <奥羽の義 戊辰150年>(34)新政府兵に発砲 領主切腹”. 河北新報オンラインニュース (2019年1月13日). 2019年2月13日閲覧。
  13. ^ 『仙台市史』通史編5(近代1)46頁。
  14. ^ 『仙台市史』通史編5(近代1)49頁。
  15. ^ 逸見英夫 著 「明治・大正・昭和 仙台じけん帳」(河北新報ISBN 4-87341-162-9)の23頁。
  16. ^ a b c d e (a) 玉山勇, 「江戸時代の人口問題 ―仙台藩の場合―」 『国民経済雑誌』 73巻(1号), pp. 63–94 (1942). (b) 『岩手県史』 4巻 近世編(1). (c) 『宮城県史』 2巻 近世史. (d) 高木正朗, 新屋均, 「近世国家の人口とその趨勢 ―仙台藩郡方・一関藩村方人口の復元: 1668–1870年―」 『立命館大学人文科学研究所紀要』 (87号), pp. 7–39 (2006). (e) 土屋喬雄, 『封建社会崩壊過程の研究』, 弘文堂, 1953.
  17. ^ (a) 勧農局編, 『全国農産表』/『農産表』, 1876-1882. (b) 中村哲著, 『明治維新の基礎構造』, 未来社, 1966.
  18. ^ 1 市域の変遷 2 北上市の位置 (PDF) (北上市)
  19. ^ 国勢調査(北上市)
  20. ^ 市の面積 (PDF) (釜石市)
  21. ^ 18 地域別人口及び世帯の推移 (PDF) (釜石市)
  22. ^ a b c d e f g h i 平成22年全国都道府県市区町村別面積調国土交通省国土地理院
  23. ^ a b c d e f g 岩手県(農林水産省「市町村の姿 グラフと統計で見る農林水産業」)
  24. ^ a b c d e f g いわての統計情報(岩手県)
  25. ^ 宮城県(農林水産省「市町村の姿 グラフと統計で見る農林水産業」)
  26. ^ 平成17年国勢調査1次結果 - 宮城県統計課
  27. ^ 福島県 新地町(農林水産省「市町村の姿 グラフと統計で見る農林水産業」)
  28. ^ 平成17年国勢調査(福島県)
  29. ^ {国宝大崎八幡宮 仙台・江戸学叢書15 『本石米と仙台藩の経済』」(大崎八幡宮、2009年10月30日発行) P.15 - P.18
  30. ^ 「『仙台市史』通史編3 近世1」(仙台市、2001年9月発行) P.150 - P.154
  31. ^ 1 研究ノート 「岩手県の誕生」 (PDF) (岩手県立博物館だより)
  32. ^ 金井圓「給人前」『国史大辞典』第4巻、吉川弘文館、1984年 P248
  33. ^ 現地説明板「仙台藩祖伊達政宗 終焉の地」(2014年、仙台市)
  34. ^ 慶長15年(1610年)に秀忠の上杉邸への御成りがあり、能や茶会などの饗応が行なわれている。(「国宝 上杉家文書」)






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