上ノ国町
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/21 09:11 UTC 版)
かみのくにちょう ![]() 上ノ国町 | |||||
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国 |
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地方 | 北海道地方 | ||||
都道府県 | 北海道(檜山振興局) | ||||
郡 | 檜山郡 | ||||
市町村コード | 01362-5 | ||||
法人番号 | 1000020013625 | ||||
面積 |
547.72km2 | ||||
総人口 |
4,185人 [編集] (住民基本台帳人口、2024年4月30日) | ||||
人口密度 | 7.64人/km2 | ||||
隣接自治体 |
檜山郡江差町、厚沢部町、 上磯郡木古内町、知内町、 松前郡福島町、松前町 | ||||
町の木 | ヒノキアスナロ | ||||
町の花 | エゾヤマツツジ | ||||
なし | |||||
上ノ国町役場 | |||||
町長 | 工藤昇 | ||||
所在地 |
〒049-0698 北海道檜山郡上ノ国町字大留100 北緯41度48分04秒 東経140度07分17秒 / 北緯41.80111度 東経140.12144度座標: 北緯41度48分04秒 東経140度07分17秒 / 北緯41.80111度 東経140.12144度 ![]() | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
![](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/redirect?dictCode=WKPJA&url=https%3A%2F%2Fupload.wikimedia.org%2Fwikipedia%2Fcommons%2Fthumb%2Ff%2Ffd%2FKaminokuni_town_center_area_Aerial_photograph.1976.jpg%2F340px-Kaminokuni_town_center_area_Aerial_photograph.1976.jpg)
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
地理
渡島半島の南西部、松前半島の付け根部分を占める。西は日本海に面しており、北には檜山振興局所在地の江差町が隣接する。東と南は大千軒岳をはじめとする松前半島の脊梁をなす山々によって渡島総合振興局管内の各町と隔てられている。
木古内町との境にある尖岳(とんがりだけ)に源を発する天の川が北西に流れ、中心市街のある町北部の海岸で日本海に注いでいる。これに沿うようにJR江差線が通っていた。天の川沿いに農業を、海岸沿いに漁業を主とする集落が点在している。「天の川きららトンネル」がある。
中心市街から西に約3km行くと、海にやや突き出す形で夷王山がそびえる。中世に松前氏の祖が勝山館を築いた地で、当時の墳墓群もある。山頂からは日本海と上ノ国市街を一望できる。周辺は野草の宝庫で、檜山道立自然公園の一部ともなっている。
気候は沿岸を流れる対馬海流による影響が大きく、北海道の中では非常に温暖で積雪が少ないが、雨は多い。一年を通じて風が強く小規模ながら風力発電も行われている。
- 山 : 大千軒岳、七ツ岳、尖岳、瓜谷山、八幡岳、夷王山 (159m)
- 河川 : 天の川(登録名は「天野川」、二級河川)、石崎川(二級河川)
- 湖沼 : あすなろ湖(上ノ国町字北村からの細い山道をずっと進んでいけば出現する。(所在地:上ノ国町字豊田))
隣接する自治体
歴史
上ノ国は北海道で最も早い時期に和人が定住した地であるとされる。1189年、源頼朝が奥州の藤原氏を攻めた際に、糠部や津軽の人々が上ノ国付近まで逃れたという。
鎌倉時代以降蝦夷地は安東氏の管轄とされたが、本格的に蝦夷地の支配に乗り出したのは15世紀初頭、渡島半島各地に砦を築いて以降のことである。この砦は「館」(たて)と呼ばれ、この時期築かれた12余りの館は「道南十二館」と総称されている。このとき函館の周辺は「下之国」、上ノ国や江差の周辺は「上之国」と称された。これが町名の由来である。このころの上ノ国は松前や箱館とともに蝦夷地を代表する港であり、十二館の一つとして作られた花沢館は「上之国」地域の中心拠点として機能した。
1456年にはコシャマイン率いるアイヌ人の蜂起があり、和人の諸館が次々に陥落したが、花沢館主・蠣崎季繁の客将であった武田信広が指揮する軍がコシャマインを討ち取り、これを平定した。信広はこれを機に蠣崎家を継ぐこととなる。信広は花沢館の近傍に勝山館、洲崎館を築き、上ノ国は蠣崎氏による蝦夷地支配の拠点となった。
1514年、二代の光広は松前に本拠を移したが、勝山館に城代を置いた。その後も上ノ国は檜山地域の政治・経済・軍事の中心であったが、江戸時代に入った1678年、江差に檜山番所が作られると拠点機能も江差へと移り、上ノ国の役割は次第に小さくなっていった。
沿革
- 縄文時代より栄えた。
- 658年(斉明天皇4年) - 阿部比羅夫、有馬浜(現在の十三湖中島付近)に渡島蝦夷を集め饗応する。
- 1454年(享徳3年) - 武田信広が、蠣崎季繁の居館花沢館に拠る。
- 1456年(康正2年) - コシャマインの乱が起こる。
- 1456年(康正2年) - 砂館神社の創建。
- 1578年(天正6年) - 蠣崎正広が織田信長に謁見する。
- 1590年(天正18年) - 若宮社創立。大蔵鰊伝説おこる。
- 1618年(元和4年) - 宣教師デ・アンジェリス、松前に渡る途中、上ノ国天河に上陸する。
- 1665年(寛文5年) - 僧円空が訪れ、自作の仏像を残す。
- 1669年(寛文9年) - シャクシャインの戦い。
- 1724年(享保9年) - 奥尻島神威山噴火。
- 1724年(明和9年) - 上ノ国に専念寺(清浄寺)が建てられる
- 1879年(明治12年) - 上ノ国外六村戸長役場が設置される。
- 1902年(明治35年)4月1日 - 上ノ国村、木ノ子村、汐吹村、石崎村、小砂子村、大留村、北村の7村を併せて上ノ国村とし、二級町村制施行。
- 1967年(昭和42年)3月1日 - 町制施行して上ノ国町となる。
- ^ 昭和を駆け抜けた中外鉱業上国鉱業所
- ^ 総務省統計局統計調査部国勢統計課『平成27年国勢調査小地域集計01北海道《年齢(5歳階級),男女別人口,総年齢及び平均年齢(外国人-特掲)-町丁・字等》』(CSV)(レポート)総務省、2017年1月27日 。2017年5月20日閲覧。※条町区分地の一部に0人の地域がある場合でも他の同一区分地で人口がある場合は除いた。
- ^ “檜山研究林”. 北海道大学北方生物圏フィールド科学センター森林圏ステーション. 2020年10月17日閲覧。
- ^ 河野哲也「北海道の森林鉄道,殖民軌道」『鉄道ピクトリアル』No.733
- ^ 上ノ國八幡宮(北海道神社庁サイト)、町指定有形文化財 上ノ國八幡宮本殿(上ノ国町サイト)
- ^ 大崎稲荷神社(北海道神社庁サイト)
- ^ 砂館神社(北海道神社庁サイト)
- ^ 瀧澤神社(北海道神社庁サイト)
- ^ 川裾神社(北海道神社庁サイト)
- ^ 八幡神社(北海道神社庁サイト)
- ^ 重要文化財 上國寺本堂(上ノ国町サイト)、上國寺(函館タウンなび)
- ^ ワシリチャシ訪城記
固有名詞の分類
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