ミッキー・トーマス ミッキー・トーマスの概要

ミッキー・トーマス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/16 23:36 UTC 版)

ミッキー・トーマス
Mickey Thomas
ミッキー・トーマス(1977年)
基本情報
出生名 ジョン・マイケル・トーマス
(John Michael Thomas)
生誕 (1949-12-03) 1949年12月3日(73歳)
出身地 アメリカ合衆国
ジャンル ロックブルースロック
ポップ・ロック
担当楽器
活動期間 1970年 - 現在
共同作業者 ジェファーソン・スターシップ
スターシップ
Grace Slick and Mickey Thomas onstage in 1985

経歴

初期の音楽活動

子供の時から長く友人であったチャールズ・コーネルとトミー・ヴェランと一緒に、ビートルズの公演を見に行こうと1965年にアトランタに旅行したことが、トーマスが音楽の道に進むきっかけとなった。その後、トーマス、コーネル、ヴェランの3人は自分達のバンドを結成した。この時はヴェランがリード・ボーカルを担当したのだった。3人がそれぞれ別々の大学に進学したため、バンドは解散した。しかしこの後1970年代初期に、もう1人のメンバー、友人のバド・トーマスを加えて「ジェッツ」という名前でバンドは再結成される。

トーマスは「ローズ・オヴ・ロンドン (Lords of London)」というガレージ・バンド(ジョージア州ダグラスで結成)のボーカルを短期間務めたことがある。バンドの他のメンバーには、ギタリストのビリー・フォルソム、ベーシストのボブ・ハッチンソン、キーボードにビリー・コルビ、ドラムにトロイ・ブラジンガムという顔ぶれだった[1]

エルヴィン・ビショップ・グループ

トーマスはジェッツでリード・ボーカルを担当しながらも、1974年にはエルヴィン・ビショップ・グループにバック・コーラスの一員として加わった。そして結局はこのグループでもリード・ボーカルを担当することになった。このエルヴィン・ビショップ・グループでの成果としては、「愛に狂って (Fooled Around and Fell in Love)」が1976年にシングル・チャートで第3位まで上昇したことが挙げられる。

ジェファーソン・スターシップ

1979年4月、マーティ・バリンとグレイス・スリックの脱退を機に、ジェファーソン・スターシップへの参加話がトーマスにもちかけられた[2]1981年、トーマスは2枚目のソロ・アルバム『アライヴ・アローン』を録音する。エルヴィン・ビショップ・グループの前ドラマーのドニー・ボールドウィンが、エインズレー・ダンバーがジェファーソン・スターシップを辞めた2年後に、後任のドラマーとなった。

トーマスは1980年代前半の大部分をジェファーソン・スターシップのボーカルとして過ごすこととなった。スリック(1981年に再加入した)とのデュエットによるパフォーマンスも相俟って、徐々にバンド内における存在感は大きくなっていった。1984年にポール・カントナーが脱退した後は、トーマスがバンドのリーダーとなった。1985年から1989年までの間に、新しい名称となった「スターシップ」は、3曲のナンバーワン・ヒットを収め、成功していった。グレイス・スリックが再度バンドを脱退した1988年からは、トーマスが全曲でリード・ボーカルを務めることになった。しかし、スターシップのポップス・バンドとしての幸運も長くは続かなかった。あるバーで、バンドのドラマーであったドニー・ボールドウィンがトーマスを殴り、ツアーはキャンセルされることになった。トーマスの受けた傷は、顔面の整形手術が必要となる程のものだったのである。この事件の後、ボールドウィンはバンドを解雇された。

スターシップ・フィーチャリング・ミッキー・トーマス

本来のメンバーによるスターシップは1991年に解散することになった。1992年、ポール・カントナーはジェファーソン・スターシップをトーマス抜きで再結成し、一方トーマスは「スターシップ・フィーチャリング・ミッキー・トーマス」という名で新しくツアーに出ることが可能なバンドを結成した。このバンドの名前をそのままツアーの名前にして、活動が続けられた。

ソロ活動と共作の成果

トーマスは1976年にソロ・アルバム『愛は永遠に』を録音している。

1986年の映画『栄光のエンブレム』(ロブ・ロウ主演作品でアイスホッケーを扱った映画)ではサウンドトラックとして「Stand in the Fire」が使用された。トーマスはまた、映画『カクテル』(1988年)で「Wild Again」という曲(スターシップ名義)を、映画『ロック・イン・ブルックリン (Sing)』(1989年)でタイトル曲「Sing」を録音している。さらに、1989年、映画『ドリーム・ドリーム (Dream a Little Dream)』に出演、またこの映画のサウンドトラックで、タイトル曲とそのデュエット版とを録音している。デュエット版ではメル・トーメと共に歌っている(このデュエット版は映画のエンド・ロールで演奏されている)。

1998年にはサミー・ヘイガーのアルバム『マーチング・トゥ・マーズ』に客演参加している。

2002年、トーマスは、ツアーバンドと共に自分がかつて吹き込んだジェファーソン・スターシップのヒット曲をすべて録音し直している。この再録音されたアルバムは2003年に発売されたが、バンド名の表記はなく、セントクレア・エンターテインメント・グループのシリーズ名が「Forever Gold」と記されていただけだった。

2004年にはトーマスはファブリツィオ・グロッシのプロデュースでアルバム・プロジェクトを立ち上げ、『オーヴァー・ジ・エッジ フィーチャリング・ミッキー・トーマス』という名前でアルバムを発売した。2008年、エインズレー・ダンバーと新しいアルバムで共演している。このアルバムにはオジー・オズボーン・バンドの前ギタリスト、ジェイク・E・リーが参加している。トーマスは2008年後半にエルヴィン・ビショップと再びグループを結成しスターシップの活動を停止している。

2010年11月、ミッキー・トーマスは、スターシップの新しいアルバムである『Loveless Fascination』が、2011年の夏の終わり、もしくは秋になってすぐの頃に発売されると自身のウェブサイトで発表した。このアルバムは結局2013年9月に発売された。2011年7月には、もともと他のアーティストが録音している曲のカヴァー曲集をソロ・プロジェクト「Marauder(略奪者)」として発売している[3]

ディスコグラフィ

ソロ・アルバム

  • 『愛は永遠に』 - As Long as You Love Me (1976年)
  • 『アライヴ・アローン』 - Alive Alone (1981年)
  • Forever Gold (2003年、St. Clair Entertainment)[4]
  • 『オーヴァー・ジ・エッジ フィーチャリング・ミッキー・トーマス』 - Over the Edge (2004年)
  • The Blues Masters Featuring Mickey Thomas (2010年)
  • Marauder (2011年)[3]

エルヴィン・ビショップ・グループ

  • 『レット・イット・フロー』 - Let It Flow (1974年)
  • 『ジューク・ジョイント・ジャンプ』 - Juke Joint Jump (1975年)
  • 『ストラッティン』 - Struttin' My Stuff (1975年)
  • 『ホームタウン・ボーイ』 - Hometown Boy Makes Good! (1976年)
  • 『エルヴィン・ビショップ・ライヴ』 - Raisin' Hell (1977年)

ジェファーソン・スターシップ

スターシップ




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