ファミリーコンピュータ 本体

ファミリーコンピュータ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/09 07:43 UTC 版)

本体

1983年(昭和58年)7月15日に発売された本機の本体カラーはえんじと白。型番はHVC-001。

バリエーション

AV仕様ファミリーコンピュータ

AV仕様ファミリーコンピュータ(HVC-101)と専用コントローラ(HVC-102)

1993年12月1日には新型機AV仕様ファミリーコンピュータ(エーブイしようファミリーコンピュータ)が発売された。型番はHVC-101。

この名称は他のゲーム機ではすでに主流となっていたコンポジットビデオ出力によるテレビ接続が可能となったことに由来する。製品の箱にはAV仕様ファミコンの略称が記載された。さらにテレビCMで用いられたニューファミコンNEWファミコンの通称もあり、一般にはこの名で呼ばれることが多い。

当初は10月をメドに発売される予定だったが、RF出力からビデオ出力への仕様変更により延期された。北米にて先行発売されたNES-101では逆にAV出力が省かれ、RF出力のみとされた。

AV仕様ファミリーコンピュータはコストダウンを図った廉価機として発売されたものの、ディスクシステムなど従来の周辺機器がほぼ全て使用でき、取り扱いも容易となったことからレトロゲームの愛好者からは珍重された。

ACアダプタとRFスイッチは旧型機やスーパーファミコンとの共用が可能との理由で別売とされた。コントローラやAVケーブルなど旧型機に使用できないAV仕様ファミリーコンピュータ専用周辺機器にはNEW FFマークが付けられた。任天堂以外から発売されたNEW FFマーク付き周辺機器にはNewホリコマンダー等がある。

2003年(平成15年)9月をもってスーパーファミコンの廉価機「スーパーファミコンジュニア」とともに製造出荷を終えた。

旧型機(HVC-001)との主な変更点は以下のとおり。

本体とコントローラのデザイン
NESと同様薄い灰色を基調とし、スイッチやボタン類には赤色、濃い灰色、黒色が配色された。コントローラはスーパーファミコンのように丸みと立体感を持たせAボタンの位置を変更するなどより操作しやすいように改良された。これらのデザインはカセット差込口を除きNES2と共通する。
映像・音声出力
コンポジットビデオ出力に対応した。そのため生成された音声はミキサーを通した後、オーディオ端子に出力される。テレビとの接続にはスーパーファミコン用のモノラルAVケーブルまたはステレオAVケーブルを使用する。使用するテレビがステレオ対応テレビ、または使用するケーブルがステレオAVケーブルの場合も音声はモノラルで出力される[66]。また、S端子ケーブル、RGBケーブルは使用できない[66]
RF出力端子は搭載されておらず、RF接続するには別売部品のRFモジュレータ(HVC-103)が必要となる。
旧型機ではRF変換の際に高音域がかなり減退しているため、AV出力されるニューファミコンではだいぶニュアンスが違って聞こえる。
カセット挿入部
カセット挿入部のフタはカセットの抜き差し動作と連動し自動開閉するようになった。旧型機に搭載されたカセットイジェクタ機構は削除されたため、カセットは直接手で引き抜かなければならない。
コントローラ
本体前面には新型コントローラを接続するための端子部を新たに装備した。この端子形状はNESと同一である。旧型機の本体前面に存在した拡張端子は本体側面に用意され、連射コントローラ、外部記憶装置など周辺機器との互換性は保たれた。
コントローラは本体からの取り外しが可能となり、I / IIコントローラの区別がなくなった。旧型機のIIコントローラに搭載されていたマイク機能は削除されたが、IIコントローラーの「下+Aボタン」「セレクトボタン」で代用ができる。

最後に製造されたAV仕様ファミリーコンピュータは任天堂が保管し、2003年(平成15年)から2004年(平成16年)にかけて開催されたテレビゲームの展覧会『レベルX』では「ラスト・ファミリーコンピュータ」の名前で展示された。この本体の製造年月は2003年(平成15年)9月25日、製造番号はNH11033309である。

ファミコンボックス

ファミコンボックス

ファミコンボックスは、任天堂が開発し、1986年10月に交通公社トラベランド興業(のちのJTBトラベランド)より発売された業務用ファミリーコンピュータ[67]。販売価格は専用カセット10本込みで11万円、コインボックス式は12万円[68]

本体内に最大15個のファミリーコンピュータ用ソフトを内蔵する(交換可能)。主にホテルや旅館に設置されており、本体側面に設置されているコインボックスにコインを入れると、本体に内蔵されたソフトを10分または20分間(ディップスイッチの設定による)遊ぶことができる。制限時間内であれば、リセットボタンを押すことで他のゲームに切り替えることができる。

制限時間1分前には時間切れを知らせるブザーが鳴らされ、さらにコインを入れるとプレイ時間が追加される。コインを追加しない場合はゲームの進捗にかかわらず「Time Up」と表示される画面に切り替わり、強制終了される。課金方式は設置者により他に2種類(フロントなどで客用の鍵を貸し出して運営する「ビジターキー方式」、および「CATV方式」)あるほか、フリープレイモードがあり、これらに設定した場合は制限時間はない。プレイ中以外は内蔵されたソフトのデモ画面を順番に繰り返して表示する。

附属のコントローラと光線銃NESから流用され、ファミコンボックスのソフトもNESと同じ形状のカセットになっている(ただし、NESとの互換性はない)。 シャープ版の「ファミコンステーション」もあり、メニュー画面の任天堂ロゴが「SHARP」の文字に変更されているなどの違いがある。

2014年現在でも、一部の旅館などでファミコンボックスが稼動しており、実際に遊ぶことが出来る[69]

類似品として北米市場には “Nintendo M82” が存在するが、こちらは店頭でゲームをテストプレイするための販促用デモ機であった。

1990年には後継機として、業務用向けスーパーファミコンのスーパーファミコンボックスがリリースされた。

互換機

ライセンス品
いずれもシャープから発売された。
非ライセンス品
2003年9月の任天堂のファミリーコンピュータ製造終了後も、膨大な数の中古ファミリーコンピュータ用ソフトが日本中に流通しており、ゲームを遊ぶための本体が必要とされている。
これらの需要に応えるため、および家庭用ゲーム市場が発達していない途上国向けに、2012年現在においてもファミリーコンピュータ(及びNES)のソフトが動作する安価な互換機が多数製造され、国内外で販売されている。
しかし日本国内で市販されているハードにおいてもファミリーコンピュータの人気ソフトを基にして作成したソフトが内蔵されている場合がある。また海外ではファミリーコンピュータの特許が切れる2003年以前から任天堂へライセンス料を払っていない互換機が見られた。この中には数百本のファミリーコンピュータ用ソフトを内蔵したハードも存在する。

復刻版

2003年に本体出荷は完了したが、他機種やオンラインサービスを利用することで本機のゲームを遊ぶことができる。

なお、これらのソフトはエミュレーションにより原則として原作をほぼそのまま再現しているが、いわゆるポケモンショックの影響で画面の点滅表現などに対する基準が定められたことにより、画面の明度が下げられていたり、点滅表現が抑えられたりなど、基準にあわせた修正が加えられたソフトが多数ある。

NINTENDO64
2001年発売のNINTENDO64用ソフト『どうぶつの森』ではゲーム内で入手出来る家具として「ファミコン」があり、プレイヤーの自宅に置くと一部のファミコンゲームがプレイ可能[70]
続編のニンテンドーゲームキューブ用ソフト『どうぶつの森+』、『どうぶつの森e+』でもファミコン家具は継続された。
ファミコンミニ
2004年にゲームボーイアドバンス向けにファミリーコンピュータ用ソフトを移植したシリーズ。
バーチャルコンソール
2006年発売のWii、2011年発売のニンテンドー3DS、2013年よりWii Uでファミリーコンピュータなどかつて発売された一部のコンピューターゲームをダウンロード購入し、遊ぶことの出来るサービス。
ファミリーコンピュータ Nintendo Switch Online
Nintendo Switchではオンラインサービス「Nintendo Switch Online」が2018年9月に有料化されたことにあわせて、専用ソフト『ファミリーコンピュータ Nintendo Switch Online』がオンラインサービスの加入者向けにダウンロード可能となっている。ファミリーコンピュータ用ゲームが収録(サービス開始時は20本)されており、オンラインで対戦や協力プレイが可能。また、同ソフト専用としてファミリーコンピュータのコントローラを実物大に再現した「ファミリーコンピュータ コントローラー」がオンラインサービス加入者限定で通信販売されている[71]
ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ
2016年(平成28年)11月10日[72][73]に発売した任天堂公式の復刻版。ファミリーコンピュータを当時のデザインのまま小型化している。ロムカセットを差して遊ぶことは出来ないが、当時のゲームのうち30種類が標準で内蔵されている。
海外では日本版とは別にNintendo Entertainment Systemを模した製品も発売されている[74][75]。商品名は、米国では「NES Classic Edition」、欧州では「Nintendo Classic Mini」として発売されており、国内版と海外版は一部収録タイトルが異なる[76]
また、2018年7月7日には集英社発行の漫画雑誌『週刊少年ジャンプ』の創刊50周年を記念し、同誌連載作品が原作となったゲームや同誌が制作に関わったゲーム20作品を収録した「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ 週刊少年ジャンプ50周年記念バージョン」が発売された[77]
ゲーム&ウオッチ COLOR SCREEN
任天堂公式商品。ゲーム&ウオッチにカラースクリーンを搭載、ファミコンゲームを移植。
2020年11月13日には『スーパーマリオブラザーズ(1・2)』、2021年11月12日には『ゼルダの伝説』『リンクの冒険』を収録したものが発売された。

注釈

  1. ^ ファミリーベーシックとデータレコーダー経由
  2. ^ ディスクシステム経由
  3. ^ 一部セーブ機能を持っていながらもバッテリーバックアップを搭載していないソフトがある。
  4. ^ 任天堂の公式表記では、日本産業規格(JIS)の当時の表記ルール(→長音)にのっとり「コンピュータ」と末尾の長音を伸ばしていない
  5. ^ 発表時点では1983年6月下旬発売予定[5][6]
  6. ^ 韓国では任天堂ではなく現代電子産業(現・SKハイニックス)が発売し、コンボイ(Hyundai Comboy)という韓国独自の名前になっている。
  7. ^ ファミリーコンピュータとNintendo Entertainment System(NES)はカセットや周辺機器の接続部分の機械的な仕様の違いでお互いの互換性はない。また、ファミリーコンピュータには搭載されてない「海賊版対策回路」が組み込まれている。
  8. ^ ただし「おもちゃは1万円以下でないと売れない」と本機開発以前から山内が発言していたため、上村たち開発陣は山内から要求される前から9,800円の価格を想定した[33]
  9. ^ 価格以外にも「子供がうっかり踏んづけても壊れにくい」構造にするという理由もあった[35][33]
  10. ^ 他のホームコンピュータ向けに開発されたものや、テレビのチャンネル表示IC等
  11. ^ 少ないとはいえ選択が可能になっている音源の波形、⊿PCMの搭載、パレットによる選択可能な色数など。
  12. ^ 同世代のハードウェアでは、セガSG-1000IIでこれと同様のボタン改良を行っている。
  13. ^ この機能を利用した主なゲームには『バンゲリング ベイ』や『スターラスター』、『たけしの挑戦状』、『ゼルダの伝説』、『ドラえもん(ハドソン版)』、『スターソルジャー』、ファミリーベーシックV3のサンプルプログラム『ハート』などがある。
  14. ^ 例えば、マイクの機能を使わない状態に戻しても雑音が常に入ってしまう状態になるなど。
  15. ^ メーカーのチラシやアンケートはがきが封入される場合もあった
  16. ^ 日本初のロムカセット取り替え式の家庭用ゲーム機はカセットビジョンである[58]。このほか日本国外の技術を流用した日本国内機種も含めるのであれば、より古い製品もいくつか存在する[59]
  17. ^ 星のカービィ 夢の泉の物語』では主にサブメロに用いられていた。
  18. ^ 移植された作品ではオーケストラアレンジなど同曲はパイプオルガンを意識した物となっていない。
  19. ^ ドラゴンクエストIV』の「不思議のほこら」ではメロディーラインにホワイトノイズを薄く重ねることによってパイプオルガンの送風ノイズを表現している[注釈 18]
  20. ^ 1980年代前半は、1984年スティーヴィー・ワンダーレイ・カーツワイルの研究室でPCMシンセサイザー(Kurzweil K250)に初めて触れたような時代である。
  21. ^ 初期の利用例としては、『スパルタンX』の音声がそれにあたる。
  22. ^ サンソフトの『ラフワールド』では、サンプリングされたシンセベースの演奏に使われていた。コナミの『トップガン デュアルファイターズ』『スーパー魂斗羅』では、BGM中のオーケストラヒットに使われた。『スーパーマリオUSA』では、『夢工場ドキドキパニック』で本来ディスクシステム側で鳴らしていた合成音を再現するために使われた。『暴れん坊天狗』のベストスコア表示時のBGMはDPCMのサンプリング音のみで構成されていた。『バトルトード』では、DPCMを鳴らす際、ソフトウエア制御によって、直接7bitのPCMを再生させている。
  23. ^ エミュレータや互換機など、このレジスタ、フラグ、カウンタが正しく実装されていない環境ではこれらを用いた効果音は音が違ったりBGMの演奏が正常に行われないなどの状況が発生する。
  24. ^ これを利用したものは ディスクシステム波形メモリ音源、一部コナミ製ゲームの追加音源 - 『悪魔城伝説』や『魍魎戦記MADARA』などで使われたVRC VI・『ラグランジュポイント』のVRC7に内包した2オペレータFM音源。VRCについては下記MMCの項も参照。『デジタル・デビル物語 女神転生II』など、一部ナムコ製ゲームのNamco 163追加音源、『ジャストブリード』などに使われた、MMC5に搭載されている音源、『ギミック!』に使われた、一部サンソフト製ゲームのSunsoft 5B追加音源、ジャレコの『燃えろ!!プロ野球』の「しゃべる」審判員、 ベネッセコーポレーションの教材スタディボックス
  25. ^ EGG MUSIC RECORDSからリリースされたファミコン用サウンドトラック等
  26. ^ 競合製品の搭載した、AY-3-8910やSN76489等では、デューティ比の固定された矩形波が三音とホワイトノイズのみが出力可能であり、デューティ比が変更できること、⊿PCMを搭載していることは表現の幅において大きな差となった。
  27. ^ 当時の多くの競合製品、ならびに低価格帯のコンピュータは、スプライトがあっても一キャラクタで指定できるのは単色のみであったり、スムーズスクロールなどはできないものであり、高価格帯の高解像度な機種は、スプライトなどはなく、グラフィックス処理は当時のCPUにとって非常に重たい処理であり、色数も8色から16色が主流の時代であった。
  28. ^ これはLCDテレビやPCのTVキャプチャなどで画面の端まで表示可能な環境の場合である。一般的なブラウン管テレビでは全ての走査線が表示されるわけではないので、表示範囲がさらに狭くなる可能性もある。
  29. ^ ファイナルファンタジー 任天堂 このページ内の動画で上下端8ラインが表示されていないことが見て取れる。
  30. ^ アフターバーナーII』等
  31. ^ 例えば当時の月刊コロコロコミックでは当時のライバル機を含む家庭用ゲームソフト全般の評価として、『マリオブラザーズ』が1位、『ポパイ』が2位など、4本すべてが9位以内の好評価だった。なお3位はSG-1000の『スター・ジャッカー』であるなど、他機種を含めアーケードからの移植作が多くランクインしていた[87]
  32. ^ 1987年末までにはゲーム業界大手から異業種の企業まで60社近くがサードパーティーに名を連ねた)[88]
  33. ^ アクションRPGを除く
  34. ^ ファミリーコンピュータ登場以前に一歩抜けだしていたのはエポック社カセットビジョンで累計40万台を販売している[94]
  35. ^ 初期の製品には多くの不具合があり、多くのクレームが寄せられていたと言う[28]。例えば、上村は1983年12月発売の野球ゲームである『ベースボール』で、ダイヤモンドが表示されなくなる問題[30]や本体の温度がすぐに上がってしまい、素早く絵を表示するためのスプライトが消失する「消える魔球」現象[96] で正月休みを返上して回収に当たった[97]
  36. ^ 岩崎啓眞は「当時家庭用ゲームハードでは不可能だった全方向スムーススクロール・多色スプライト・当時としては悪くない音源を備えたマシンで、もうゲームをやるために必要な機能はパーフェクトに備えている」と評価している。[98]
  37. ^ サードパーティーの概念は1977年(昭和52年)にアタリが発売したVideo Computer Systemが作り上げたもので、当時の日本ではゲームソフトのサードパーティーの概念は普及しておらず、発売当初からサードパーティーの参入が想定されていたわけではない[99]
  38. ^ ファミリーコンピュータへのサードパーティーの参入はファミリーコンピュータが発売されて約1年後の1984年7月28日に『ナッツ&ミルク』を発売したハドソンが初めてであり、それによって日本で初めて家庭用ゲーム機のサードパーティービジネスが切り開かれるとともに、ソフト媒体の委託生産システムが生まれた[63][100]。ハドソンが参入した約1か月後にナムコが『ギャラクシアン』で2番目のサードパーティーとなったが、ファミリーベーシックの開発を受託したことからハードウェアに関する知識を得られたハドソン[101][102]と異なり、ナムコはハードウェアを独自に解析してソフト開発を行っていた。
  39. ^ 高橋名人が2016年にIT Mediaに寄せた記事によると、80年代当時はアーケードゲームが人気を博していたものの、利用料に絡んだ恐喝事件も起きており、PTAが小中学生にゲームセンターの利用を禁じていた[104]ため、当時の子どもたちにとっては「(親から禁じられている)ゲームセンターのゲームが家で遊べる」ということでヒットにつながったと推測している[105]
  40. ^ ただし値下げ販売を快く思わなかった任天堂は、値下げ店への対策として一時出荷を停止している[107]
  41. ^ カセットビジョンの開発に携わったエポック社の堀江正幸によれば、ファミコンとは「技術的にはたいした違いはなかった」とする一方でファミコンの勝因に関して、カセットビジョンはソフトを全て自社開発する方針だったのに対し、ファミコンはサードパーティーを引き込んだことでソフトラインアップが豊富だったことを挙げている[109]
  42. ^ ソード電算機システムM5はゲームソフトは自社では作らず全て他社からの移植という方針だったが、ソード創業者の椎名堯慶は「任天堂さんはゲーム作りが優れていた。ゲームの世界で育ってきた会社ですから、お客さんを喜ばせる方法を知っていた」[110]とファミコンの勝因を分析している。
  43. ^ 当時、米国任天堂社長だった荒川實は、ビデオゲームに対する拒絶反応があまりに強いので、最初はほとんど商売にならなかったと述べている[112]
  44. ^ これは1981年のガンプラブームの時にも見られた傾向である。
  45. ^ ファミコンCAP』、『熱血!ファミコン少年団』、『ファミコンロッキー
  46. ^ ファミ拳リュウ』、『ファミコン風雲児
  47. ^ われらホビーズ ファミコンゼミナール
  48. ^ 「ヒロインであるはずのシルビアが主人公に牙をむく」(『スパルタンX』)[117]や、「特定のエリアにて、バンゲリング帝国の最終兵器が出てくる」(バンゲリングベイ』)などが該当する[118]。作者のあさいもとゆきは担当編集者の提案により導入したと書籍『超ファミ漫』の中で説明している[118]
  49. ^ スーパーマリオ 魔界帝国の女神』など
  50. ^ ファミコンソフトを用いた大会は1987年まで。

出典

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