サルモネラ 細菌学的特徴

サルモネラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/28 07:01 UTC 版)

細菌学的特徴

サルモネラ(右、2と4)と大腸菌(左、1と3)の鑑別。(上段)乳糖分解指示薬を含む培地(BTB培地)で培養すると、乳糖を分解する大腸菌 (1) は培地が黄変し、分解しないサルモネラ (2) は培地は青色になる。(下段)胆汁酸と硫化水素指示薬を含む培地(SSB培地)で培養すると、胆汁酸感受性の大腸菌は発育阻害されてコロニー数が減少するが(3、黒矢印)、胆汁酸耐性のサルモネラは通常どおり発育し、また硫化水素産生によりコロニーに黒変がみられる(4、白矢印)

サルモネラ属は、腸内細菌科ブドウ糖を嫌気的に発酵する、芽胞を持たない、通性嫌気性のグラム陰性桿菌)に属する細菌であり、大きさは0.5 × 2 µmぐらいの棒状で周毛性鞭毛を持ち運動性がある。サルモネラ属の細菌は乳糖を分解せず、またほとんどの菌株は硫化水素を産生し、リジンを脱炭酸し、クエン酸を炭素源として利用できる。これらの生化学的特性は、同じ腸内細菌科の腸管病原性細菌(大腸菌赤痢菌など)と鑑別する上で重要である。また、サルモネラ菌はマラカイトグリーン胆汁酸亜セレン酸に抵抗性があるため、培地にこれらの物質を加えたものを選択培地として用いることで、サルモネラを優先的に検出することが可能である。熱や酸には弱いが乾燥や低温には強く、冷凍しても不活化しない。この性質は冷凍食品からもサルモネラ食中毒が発生するということに関連している。

分類と学名表記

2005年現在、サルモネラ属は生物学的性状からS. entericaS. bongoriに分類され、さらにS. entericaは6亜種に分類される。また、血清学的には、細胞壁リポ多糖体であるO抗原と、鞭毛タンパク質であるH抗原の組み合わせで2,500種類以上に分類される。

サルモネラ属の分類は細菌の中でも最も混乱の大きいものの一つであり、分類学名表記を統一するための裁定が頻繁に行われている。古典的なサルモネラ属の分類は、O抗原とH抗原の組み合わせに基づいたもので、1926年にWhiteが提唱し後にKaffmannが拡充した、Kaffmann-Whiteの抗原表に従って行われてきた。この旧分類では、例えばサルモネラ属のうちO9:Hdという抗原型の組み合わせを持つものをS. typhi(旧和名:腸チフス菌)という一つの生物学的種として扱っていた。しかしこのKaffmannらの分類は、抗原型が異なる細菌は別の生物種として命名できるという考えに従っていたため、その後、細菌学分野全体として生化学的、遺伝子学的分類が行われるようになると齟齬を生じる結果になった。そこで1985年には生物学的分類と整合させることを目的にS. choleraesuisの1属1種とすることが提案され、2002年にはS. entericaの1属1種とすることが正式菌名として承認された。さらにその後、2005年にはS. entericaS. bongoriの1属2種とし、entericaの下に6亜種を設ける分類法が裁定された。

この分類法によると、チフス菌やパラチフス菌、食中毒性サルモネラなどの病原性サルモネラは、ほとんどS. enterica subsp. entericaに属する。この亜種の中で、さらにKaffmann-Whiteの分類に準じた抗原性の違いに基づく、血清型 (serovar) による分類がなされており、例えばチフス菌の正式な学名は「Salmonella enterica subspecies enterica serovar Typhi」となるが、subspecies entericaを省略して、S. enterica serovar Typhiと略記してもかまわないことにされている。なお正式に認められたものではないが、これをS. Typhiと略記することもしばしば行われており、本項目でも以下この略記法に従って表記する。また研究者によっては旧分類名である“S. typhi”や“S. choleraesuis”を用いる人も未だに存在している[誰?]

2005年1月に裁定された分類ではサルモネラは以下のように分類されている[1]血清型 (serovar) については特に代表的なものだけを記載した。

  • Salmonella enterica
    • subsp. enterica
      • serovar Choleraesuis ブタコレラ菌
      • serovar Typhi チフス菌
      • serovar Paratyphi A パラチフス菌
      • serovar Paratyphi B
      • serovar Paratyphi C
      • serovar Typhimurium ネズミチフス菌
      • serovar Enteritidis 腸炎菌
    • supsp. salamae
    • supsp. arizonae
    • supsp. diarizonae
    • supsp. houtenae
    • supsp. indica
  • Salmonella bongori

これらとは別に、2005年にS. subterraneaが記載されたが、2010年にサルモネラ属よりもむしろEscherichia hermanniiに近いことが報告され、2016年には非合法ながら"Atlantibacter subterranea"という名称が提案されている[2]

  • Salmonella subterranea

サルモネラの細胞内寄生

サルモネラは、感染した宿主の細胞内と細胞外の両方で増殖を行うことが可能な、細胞内寄生体(通性細胞内寄生性細菌、細胞内寄生菌)の一種である。細胞内寄生菌には、サルモネラ以外に結核菌レジオネラリステリア・モノサイトゲネスなどが存在し、これら細胞内寄生菌の多くは、生体内で異物の排除を担当しているマクロファージに貪食されることで細胞内に取り込まれ、その後、その殺菌機構を逃れてマクロファージ内で増殖するものが大半である。これに対して、サルモネラは積極的に細胞に働きかけて、細胞のエンドサイトーシスを活性化させる機能を有しているため、マクロファージ以外の、通常ならば貪食活性を持たない腸管上皮細胞などにも侵入できる性質を持つ。

上皮細胞への侵入

サルモネラの腸管上皮細胞への侵入メカニズム

サルモネラの上皮細胞への細胞内侵入には、III型分泌装置(さんがたぶんぴつそうち)と呼ばれる、細菌の細胞質タンパク質を菌体外に分泌するための機構が関与している[3]。III型分泌装置は細菌の鞭毛に類似の構造体であり、鞭毛の毛に相当するタンパク質を宿主の細胞に突き刺して、その細胞内部に直接、エフェクター分子と呼ばれるタンパク質を送り込む[4]

サルモネラの1つであるネズミチフス菌 (S. Typhimurium) のIII型分泌装置の電子顕微鏡写真。

サルモネラは大腸上皮細胞の表面に付着し、そこで上皮細胞にIII型分泌装置を突き刺し、その内部にエフェクター分子を送り込む。このとき送り込まれるエフェクター分子(サルモネラ染色体上のSPI-1領域の遺伝子にコードされた、SopE、SipAなどのタンパク質)は、細胞骨格を構成するアクチンを再構成する作用を持っており[5][6]、この作用によってサルモネラが付着した周辺で細胞の形態が変化(ラフリングと呼ばれる構造変化)して、付着した菌体周辺で偽足のような構造が発達する。この偽足様構造の発達は上皮細胞のエンドサイトーシスを促進し、このエンドサイトーシスによってサルモネラは上皮細胞内に取り込まれる(引き金機構)[7]。上皮細胞に取り込まれたサルモネラの一部はオートファジーによって分解されるが、残りはそのままエンドソームの内部で増殖する。このような機構の細胞内感染を行うものには、サルモネラの他に赤痢菌や一部の病原性大腸菌(腸管侵入性大腸菌、EIEC)がある。

マクロファージでの増殖

マクロファージによるサルモネラの貪食。(上段)非チフス性サルモネラの場合:マクロファージにより殺菌される。(下段)チフス菌の場合:殺菌を回避してマクロファージ内で増殖する。

サルモネラ属の細菌のうち、チフス菌とパラチフス菌はマクロファージに感染してその内部で増殖する性質を持ち、これがチフス性疾患の発症に関与している。サルモネラは、上記した機構によって上皮細胞に侵入する以外にも、異物として認識されることでマクロファージによって貪食される。

マクロファージは食菌に特化した細胞で強い殺菌機構を有しており、貪食した異物をファゴソーム(食胞)という小胞に取り込み、これと細胞内のリソソームが融合してファゴリソソームを形成することで、リソソーム内部のさまざまな分解酵素群や活性酸素などの働きで分解する。非チフス性サルモネラを含めて、多くの細菌はこの機構によって殺菌され分解される。

これに対してチフス菌は、ファゴソームの内部からその小胞膜を介してIII型分泌装置を細胞質側に突き刺し、SPI-2と呼ばれる遺伝子領域にコードされた、チフス菌特異的なエフェクター分子群を宿主細胞質に注入する。このエフェクター分子群は、ファゴソームとリソソームの融合を阻害する作用を持ち、これによってファゴリソソームの形成が抑制される結果、チフス菌は食菌を回避することが可能になる。リソソームとの融合が阻害されたファゴソームは、やがてSCV (salmonella-containing vacuole) と呼ばれる特殊な形態の小胞になり、チフス菌はこの内部で増殖を行う。この感染マクロファージがリンパ管から血液に移行することによって、チフス菌もまた血液に入り込み、菌血症の発生につながる。サルモネラと同じような機構でマクロファージによる殺菌を逃れる細菌にはレジオネラやブルセラがある。また結核菌もファゴソームとリソソームの融合を阻害する性質を持つ点で、サルモネラに類似の殺菌回避機構を持つと言える。


注釈

  1. ^ 平成9年時点では日本の全食中毒患者のうち約27%がサルモネラ属が原因であったが、平成22年から平成20年ではサルモネラが約10%とやや減少している。詳しくは厚生労働省の食中毒統計資料を参考のこと。

出典

  1. ^ CDC. Salmonella Surveillance: Annual Summary, 2005. Atlanta, Georgia: US Department of Health and Human Services, CDC, 2007:Salmonella Annual Sumary 2005
  2. ^ Hata, H., et al. (2016). “Phylogenetics of family Enterobacteriaceae and proposal to reclassify Escherichia hermannii and Salmonella subterranea as Atlantibacter hermannii and Atlantibacter subterranea gen. nov., comb. nov.”. Microbiol Immunol. 60 (5): 303-11. doi:10.1111/1348-0421.12374. PMID 26970508. 
  3. ^ Collazo CM, Galán JE (September 1996). “Requirement for exported proteins in secretion through the invasion-associated type III system of Salmonella typhimurium”. Infection and Immunity 64 (9): 3524–3531. PMID 8751894. http://iai.asm.org/content/64/9/3524.long. 
  4. ^ Jorge E. Galán and Hans Wolf-Watz (November 2006). “Protein delivery into eukaryotic cells by type III secretion machines”. Nature 444 (7119): 567-573. doi:10.1038/nature05272. PMID 17136086. 
  5. ^ Humphreys D, Davidson A, Hume PJ, Koronakis V (February 2012). “Salmonella Virulence Effector SopE and Host GEF ARNO Cooperate to Recruit and Activate WAVE to Trigger Bacterial Invasion”. Cell Host Microbe 11 (2). doi:10.1016/j.chom.2012.01.006. PMID 22341462. 
  6. ^ Wendy Higashide, Shipan Dai, Veronica P. Hombs, Daoguo Zhou (june 2002). “Involvement of SipA in modulating actin dynamics during Salmonella invasion into cultured epithelial cells”. Cellular Microbiology 4 (6). doi:10.1046/j.1462-5822.2002.00196.x. PMID 12116966. 
  7. ^ Hardt WD, Chen LM, Schuebel KE, Bustelo XR, Galán JE (1998). “S. typhimurium encodes an activator of Rho GTPases that induces membrane ruffling and nuclear responses in host cells”. Cell 93 (5): 815-826. doi:10.1016/S0092-8674(00)81442-7. PMID 9630225. 
  8. ^ サルモネラ症(チフス以外)(ファクトシート)”. 20220509閲覧。
  9. ^ サルモネラ感染症[リンク切れ] 岩手大学農学部獣医微生物学教室 弘前大学医学部細菌学教室
  10. ^ 横浜市衛生研究所感染症・疫学情報課
  11. ^ Mark A. Jepsona, M.Ann Clark (November-December 2001). “The role of M cells in Salmonella infection”. Microbes and Infection 3 (14-15). doi:10.1016/S1286-4579(01)01478-2. PMID 11755406. 
  12. ^ 感染症のページ(青森県)
  13. ^ Salmonella and Campylobacter show significant levels of resistance to common antimicrobials in humans and animals”. 20220509閲覧。
  14. ^ US: Rising resistance among bacteria serotypes in poultry”. 20220509閲覧。
  15. ^ 水口康雄「病原微生物の取り扱いと安全」、『戸田新細菌学』33版1刷、吉田眞一、柳雄介、吉開泰信編、南山堂、2007年
  16. ^ チフス菌入り菓子で殺人の意思を検挙『東京日日新聞』(昭和12年5月21日夕刊)『昭和ニュース辞典第6巻 昭和12年-昭和13年』p230 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
  17. ^ a b 杉島正秋、『バイオテロの包括的研究』朝日大学法制研究所 (2003)
  18. ^ 細菌魔に死刑の判決『東京朝日新聞』(昭和13年7月5日夕刊)『昭和ニュース辞典第6巻 昭和12年-昭和13年』p231
  19. ^ 「汚染馬肉荷揚げ拒否 横浜の港湾労働者が騒ぐ」『朝日新聞』昭和45年(1970年)9月17日朝15刊、14版、22面
  20. ^ 品川邦汎、卵及び卵加工品におけるサルモネラエンテリティディスの汚染とその対策 『食品衛生学雑誌』 1999年 40巻 1号 P.7-18, doi:10.3358/shokueishi.40.7






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