諸国民の春
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 03:22 UTC 版)
詳細は「1848年革命」を参照 ヨーロッパにおいては、1848年革命(「諸国民の春」)ののち、つぎつぎと「国民国家」が成立した。ドイツ帝国とイタリア王国は統一運動によって、バルカン半島ではセルビア王国、モンテネグロ公国、ルーマニア王国、ブルガリア公国などはオスマン帝国からの独立によって、それぞれ生まれた国民国家であった。近代の国家システムのなかで、国民は主権者としてのさまざまな権利を有すると同時に、納税、兵役、教育の義務を担うこととなった。国民国家形成はしばしば、当該民族にとって「悲願のできごと」として表現されることが多い。しかし、実際には、国家領域のなかには多様な人びと、複数の集団が存在していることが多いため、さまざまな問題をはらんでおり、歴史的に重大な事件を引き起こす要因ともなってきた(後述「国民国家のはらむ問題」節参照)。
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