中興の祖
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/25 13:30 UTC 版)
中興の祖(ちゅうこうのそ)とは、一般に「名君」と称される君主または統治者のうち、長期王朝、長期政権の中途、かつ危機的状況後に政権を担当して危機からの回復を達成し、政権の安定化や維持に多大な功績があったと歴史的評価を受ける者をいう[1]。
概要
長期政権は創業期の後に繁栄期を迎えるが、繁栄期は則ち爛熟期であり、外征や奢侈による財政悪化や制度疲弊、危機意識の欠如、綱紀弛緩による政治腐敗によって政治、軍事、経済など様々なフェイズにおいて危機的状況が発生する。
中興の祖と称される人物は税制、財政の改革、人材の登用、治安回復、外交の安定などに意を用い、危機的状況を改善、回復し国家経営を立て直した人物である。
このため、政権中途で国家を発展させた人物、また政権の最盛期を現出させた人物であっても、創業者の業績を継承、整理することで業績を上げた人物(唐の太宗、徳川秀忠、徳川家光など)や創業期から蓄積された資本により業績を上げた人物(漢の武帝、唐の玄宗、永楽帝など)は中興の祖とは呼ばれない。
中興の祖と呼ばれる人物
- アメリカ合衆国
- 大統領
- 企業経営者
- 日本
- 統治者もしくは政治家
- 企業経営者
- 三井高利(三井家)
- 杉山金太郎(J-オイルミルズ)
- 土光敏夫(東芝)
- 豊田英二(トヨタ自動車)
- 石田退三(トヨタ自動車)
- 正力松太郎(読売新聞社)
- 務台光雄(読売新聞社)
- 山内溥(任天堂)
- 岡田茂(東映)
- 樋口廣太郎(アサヒビール)
- 佐伯旭(シャープ)
- 川嶋昌雄(タクマ)
- 金川千尋(信越化学工業)
- 古森重隆(富士フイルム)
- 田岡一雄(暴力団山口組)
- 川又克二(日産自動車)
- 鈴木修(スズキ自動車)
- 松田恒次(マツダ)
- 吉永泰之(SUBARU)
- 立石義雄(オムロン)
- 五島昇(東京急行電鉄)
- 川勝傳(南海電気鉄道)
- 佐伯勇(近畿日本鉄道)
- 久万俊二郎(阪神電気鉄道)
- 前田義徳(日本放送協会)
- 鹿内春雄(フジテレビジョン)
- 中川順(テレビ東京)
- 文化人または宗教家
脚注
- ↑ これが転じて、老舗と呼ばれる企業において、創業者が経営から退いた後に業績拡大に大きく貢献した経営者のことを指す場合もある。
関連項目
中興の祖
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/31 05:45 UTC 版)
九谷庄三(くたにしょうざ、文化13年(1816年)-明治16年(1883年)は、寺井村(現在の能美市寺井町)の農家に生まれた。17歳の時に小野窯に陶匠として招聘される。後に窯業の指導に諸国から招かれるが、能登の火打谷(現在の志賀町)で、能登呉須と呼ばれる顔料を発見。後の九谷焼に多大な影響を与える。26歳で故郷に戻り寺井窯を開いた。西洋から入った顔料を早い時期から取り入れ 彩色金欄手を確立し、庄三風と呼ばれる画風は後に西洋に輸出される九谷焼の大半に取り入れられることになる。
※この「中興の祖」の解説は、「九谷焼」の解説の一部です。
「中興の祖」を含む「九谷焼」の記事については、「九谷焼」の概要を参照ください。
「中興の祖」の例文・使い方・用例・文例
- 中興の祖
- 明治中興の祖
中興の祖と同じ種類の言葉
- 中興の祖のページへのリンク
