ルパシャとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > ルパシャの意味・解説 

ルパシャ

(Le Pacha から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/15 14:07 UTC 版)

ルパシャ
スポール・ユニヴェルセル・イリュストレwikidata、1943年4月号
欧字表記 Le Pacha
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1938年
死没 没年不明
Biribi
Advertencia
母の父 Ksar
生国 フランス
生産者 アンドレ・シュオッブ
馬主 フィリップ・ガンド
調教師 ジョン・カニントン
競走成績
生涯成績 11戦9勝[1]
勝ち鞍 ジョッケクルブ賞 (1941)
パリ大賞 (1941)
凱旋門賞 (1941)
テンプレートを表示

ルパシャ(Le Pacha、1938年 - ?)は、20世紀中ごろのフランス競走馬である。

第二次世界大戦中、ドイツ占領下の北フランスジェベルネペンシwikidataらと共に活躍した。通算成績は11戦9勝。凱旋門賞ジョッケクルブ賞パリ大賞典ロワイヤルオーク賞リュパン賞など、多数のレースに勝利している。特に1941年シーズンは、クラシックに加えて凱旋門賞でネペンシやジェベルを下して勝つなど、無敗だった。1942年の凱旋門賞でも本命に推されたが、故障を発生して敗戦。そのまま引退した。

父はビリビwikidata(その父ラブレー)、母はモーリスドギース賞勝ち馬のアドヴェルテンシア(その父クサール)。

極度の気性難で、デビュー前に馬主のイポリット・ランドン (H. Randon) を蹴り殺している。

種牡馬としては、ノルマンディーにあるアリ・ハーン英語版王子の牧場で供用された。大成功ではなかったが、イタリアオークス馬ラカデット (La Cadette) などそこそこ活躍馬も出した。日本ではカネケヤキの母父として名前が見える。ニュージーランドに輸出されたマルコポーロwikidata(コヴェントリーフォールステークス)の子孫は長く命脈を繋ぎ、オセアニアでは1980年代まで父系子孫が残っていたようである。

競走成績

  • 走路はすべて芝馬場。
  • 当時はグループ制導入前のため格付け無し。
競走日 競馬場 競走名 距離 頭数 着順 騎手 1着馬(2着馬) 出典
1941年4月20日 ロンシャン グレフュール賞 2100m 1着 P. フランコロン (Pizzicato)
1941年5月 ロンシャン オカール賞 2400m 1着 P. フランコロン (Tariel)
1941年5月 ロンシャン リュパン賞 2100m 1着 P. フランコロン (Panipat)
1941年6月15日 ロンシャン ジョッケクルブ賞 2400m 14 1着 P. フランコロン (Pizzicato) [2]
1941年6月29日 ロンシャン パリ大賞 3000m 7 1着 P. フランコロン (Nepenthe) [3]
1941年9月 ロンシャン ロワイヤルオーク賞 3000m 1着 P. フランコロン (Nepenthe)
1941年10月 ロンシャン 凱旋門賞 2400m 7 1着 P. フランコロン (Nepenthe)
1942年6月 ロンシャン セーヌエマルヌ賞 1着 P. フランコロン
1942年7月 ロンシャン サンクルー大賞 2500m 2着 P. フランコロン Djebel
1942年9月 ロンシャン プランスドランジュ賞英語版 2500m 1着 P. フランコロン (Nabah)
1942年10月 ロンシャン 凱旋門賞 2400m 9 6着 P. フランコロン Djebel

血統表

ルパシャ血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 セントサイモン系
[§ 2]

Biribi
芦毛 1923
父の父
Rabelais
鹿毛 1900
St. Simon Galopin
St. Angela
Satirical Satiety
Chaff
父の母
La Bidouze
芦毛 1915
Chouberski Gardefeu
Campanule
La Bidassoa Cheri
Semendria

Advertencia
鹿毛 1927
Ksar
栗毛 1918
Brûleurwikidata Chouberski
Basse Terre
Kizil Kourganwikidata Omnium
Kasbah
母の母
Ad Gloriam
栗毛 1918
Verwood Grey Plume
Kildonan
Union Ajax
Andree
母系(F-No.) 16号族(FN:16) [§ 3]
5代内の近親交配 Chouberski 3×4=18.75%、Omnium: 4×5=9.38% [§ 4]
出典
  1. ^ JBISサーチ[4]
  2. ^ netkeiba.com[5]
  3. ^ JBISサーチ[4]
  4. ^ netkeiba.com[5]

脚注

  1. ^ d'Allmen, Louis (1943年4月). “Deux Champions quittent le Turf”. Le Sport universel illustré (フランス語). フランス国立図書館より2026年2月15日閲覧.
  2. ^ “Le Pacha” a gagné le Prix du Jockey club”. Le Petit Journal英語版 (フランス語). 1941年6月16日. フランス国立図書館より2026年2月15日閲覧.
  3. ^ “LE PACHA” gagne nettement le GRAND PRIX de PARIS”. La Dépêche英語版 (フランス語). 1941年6月30日. フランス国立図書館より2026年2月15日閲覧.
  4. ^ a b 血統情報:5代血統表|Le Pacha(FR)|JBISサーチ(JBIS-Search)”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2018年1月1日閲覧。
  5. ^ a b Le Pachaの血統表”. netkeiba.com. 2018年1月1日閲覧。

外部リンク




英和和英テキスト翻訳

英語⇒日本語日本語⇒英語

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ルパシャ」の関連用語

ルパシャのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ルパシャのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのルパシャ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS