Baby-M
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/18 16:40 UTC 版)
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| baby-M | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | baby-M baby-A |
| 身長 | 146cm |
| 体重 | 46kg |
| デビュー | 2001年11月25日 |
| 引退 | 2005年12月23日 |
baby-M(ベイビー-エム)は、日本の最小、最軽量の元女子プロレスラー(当時)。
身長146cm、体重46kg。
本名、生年月日、出身地、血液型は非公開。アルシオンのライセンスナンバー59。正体不明のマスク娘は自称18歳。かつてLLPWに所属していた和田部美穂の親友を名乗っていた[1]。
アルシオン→AtoZ→フリー→M'sと団体を移籍し、リングネームをbaby-Aからbaby-Mに変えた。
経歴・戦歴
- 2003年
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- 3月3日、伊勢崎市民体育館において、タイガーハニーと対戦。敗れる。
- 4月29日、東京・後楽園ホールにおいて、天界二十八部衆カルラと対戦。敗れる。
- 2005年
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- 2月11日、「EX格闘美」において、Baby-M、風香、木村ネネ組対ダイナマイト・関西の3対1変則マッチで、最後はスプラッシュ・マウンテンで敗れる。
- 5月20日、東京・新木場1stRINGにおいて、アジャ・コングと組んで栗原あゆみ、木村響子組と対戦。アジャが栗原に勝つ。
- 5月21日、バトルスフィア東京(666-Triplesix-Vol.8怨霊十執念記念興行)において、バトルロイヤルに出場。
- 7月9日、格闘美~Festa~において、全員参加バトルロイヤルに出場。
- 7月10日、東京・新木場1stRING(M's Style「Mab~夢を支配Ⅳ~」)において、アジャ・コングと対戦。アジャは5カウント、Babyは2カウント取れば勝ちという変則マッチを戦うが、負ける。
- 7月17日、格闘美~Festa~特別企画において、チャイナ服のコスプレを披露。同大会、救世忍者乱丸、闘牛・空と組んで、MARU、斎藤啓子、渋谷シュウ組と対戦。空がMARUからタックルで勝利。
- 8月7日、M's Style「Mab~夢を支配Ⅴ~」のワンデータッグトーナメントにダイナマイト・関西と組み出場。1回戦の相手の植松寿絵、輝優優組の場外リングアウトによって負けてしまう。
- 8月26日、後楽園ホール(LLPW 華激ルネッサンス2005)において、立野記代25周年記念27人参加バトルロイヤルに出場。最後、Baby-M、ジャンボ堀、立野記代の3選手が残り、Babyが堀を丸め込んでフォール勝ちしたが、立野に丸め返されて負ける。
- 8月28日、格闘美~Festa~において、全員参加バトルロイヤルに出場。
- 10月23日、M's Style「Mab~夢を支配Ⅶ~」において、GAMIと組んで、闘牛・空、闘獣牙Leon組と対戦。ベビトーン・ボムで空から勝利。
- 11月20日、M's Style「Mab~夢を支配Ⅷ~」において、大向美智子と組んで、GAMI、遠藤美月組と対戦。遠藤に敗れる。
- 12月6日、後楽園ホール(LLPW 華激レジェンド2005)において、ジャガー横田と組んで、ハーレー斉藤、井上貴子組と対戦。ハーレーのフィッシャーマンズバスターで敗れる。
- 12月23日、後楽園ホールにおいて、Baby-M、MIKAMI組対GAMI、ディック東郷組のカードでBaby-MがGAMIからフォール勝ちして引退する。現役生活は4年間であった。
得意技
- ドロップキック
- ベイビーイリュージョン
- ベビトーン・ボム
- コーナー最上段にリングに向かって立ち、そこから前方回転。セントーンを決める。この技の特徴は、背を反らせて飛ぶこと。
- 前転キャメルクラッチ
- 相手をうつ伏せにし、脚側から前転し、キャメルクラッチに行く。
入場テーマ曲
- 「LET THE BEAT CONTROL YOUR BODY」(2UNLIMITED)
DVD
- 格闘美&EXPERT 2005.Jun~Mar「Baby-M、風香、木村ネネ対ダイナマイト・関西」(JDスター)
- 格闘美Fasta「全員参加バトルロイヤルほか」(JDスター)
- M's Style NEW STYLE SYSTEM「引退試合ほか」(QUEST)
- Lady'sゴングVol.85 SPECIAL DVD「レディース・ゴング オリジナルムービー内「M」本動画版(プライベート映像)」(日本スポーツ出版社)
- PREFECT ARSION~アルシオンの6年間の軌跡~「Baby-M、チャパリータASARI組対PIKO、PIKA組ほか」(QUEST)
脚注
Baby M
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/25 03:58 UTC 版)
| Baby M | |
|---|---|
| 生誕 | ????年4月27日 |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP |
| 職業 | 歌手、作詞・作曲家 |
| 担当楽器 | 歌 |
| 活動期間 | 2009年 - 現在 |
| レーベル | rhythm zone |
| 公式サイト | “公式サイト”. 2016年4月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月3日閲覧。 |
Baby M(ベイビー エム、4月27日 - )は、長崎県出身の女性歌手。所属レコードレーベルはrhythm zone。愛称は「エムちゃん」。Baby Mの名前の由来は、Message, Mind, Music, Miracle, Mother earthなど、無数のMのキーワードが込められた子ども、という意味で本人が考えたもの。
人物
日本人(父)とイギリス人(母)のハーフ。14歳まで日本で育った後、フィリピンに2年、南アフリカに3年滞在。日本を含むいずれの国においても、音楽を通じてのチャリティ活動を行っている。 現在は南アフリカと日本の両国で過ごしながら、シンガーとして活動を始める。南アフリカでは白人系ながらも 黒人のラッパーやミュージシャンからも高い支持を得て数多くのライブ活動などを行ってきた。 彼女の音楽はクワイト(ラップにアフリカンビートや、ハウス、レゲエをミックスしたもの)と呼ばれる南アフリカ特有の新しい音楽ジャンルを取り入れたスタイルを基本とする。
話す言葉は日本語と英語。
略歴
フィリピンでの活動
1998年 フィリピン、モンテンルパ市のフィーディングセンターでのチャリティーライブ 1999年 フィリピン、ルバング島の大沢清病院でのチャリティライブ 1999年 フィリピン、マニラのシャングリラホテルでのチャリティライブ 2000年 フィリピン、モンテンルパ市のフィーディングセンターでのチャリティーライブ 2000年 福岡県の天神でチャリティライブ 2000年 滋賀県、みょうが村でチャリティライブ 2001年 長崎市、のライブハウスでチャリティライブ 2002年 フィリピン、マニラでチャリティライブ 2003年 フィリピン、ブルーロックリゾートでのチャリティライブ
南アフリカでの活動
- HIV感染者のためのチャリティーライブを家族で主催
- 根元神父、メモリアルホール(教会)設立への支援
- HIVセンターへの医療費、などへの寄付
2004年 南アフリカ、ケープタウン、アスロンホールでのチャリティライブ 2005年 南アフリカ、ミッチェルプレイン高校でのチャリティライブ 2005年 南アフリカ、ケープタウン演劇ホールでのチャリティライブ 2008年 南アフリカ、ヨハネスブルグ聖フランシスエイズセンターでのチャリティライブ
作品
アルバム
| 枚 | 発売日 | タイトル |
|---|---|---|
| mini album(TSUTAYA/ワンダーグー限定) | 2010年3月3日 | Bhuti |
| 1st full album | 2010年6月30日 | Baby M |
参加作品
- GTS 『Majestic』 (2009年9月2日) 「Last Chance feat. Baby M」
- 童子-T『4 ever』 (2009年12月16日) 「Get Ready feat. Baby M, MANDOZA」
- V.A. 『流派-R Beginnings+』(2010年3月10日) 「Goodbye To My Love feat. Baby M / MANDOZA」
- KEN THE 390 『NEW ORDER』(2010年4月7日) 「THE DOOR feat. COMA-CHI, Baby M」
- atrie. 『The Moment Of Sparkle』 (2010年6月16日) 「stand high feat. Baby M 」
- AILI 『Future』 (2010年12月8日) 「海の見える街 / AILI thanx to Baby M」
- V.A 『Urban pop Disney』 (2010年12月08日)『Circle of Life [The Lion King] /Baby M』
- ★STAR GUiTAR 『Carbon Copy』 (2010年1月7日) 「Louder feat. Baby M & 大神:OHGA」
外部リンク
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