1990年代 - アイドル路線からマルチ路線へのSMAPによる変革
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 17:33 UTC 版)
「ジャニーズ事務所」の記事における「1990年代 - アイドル路線からマルチ路線へのSMAPによる変革」の解説
1980年代デビュー勢に続いて1990年にデビューした忍者は光GENJI同様にアイドル路線を前面に出したが、1990年代初頭では男性アイドル人気が低下し、爆発的人気を誇っていた光GENJIの人気も急激に失速していった。1991年デビューのSMAPは初期は光GENJIのような華やかなコンセプトでスタートしたが、セールス面では事務所始まって以来の低迷を続けた。SMAPのマネージャー 飯島三智やリーダー 中居正広はこの打開策を考え、アイドル像を捨ててバラエティやお笑いへ進出し、音楽パフォーマンスと並行させることで「身近な存在」という存在位置を獲得することに成功し、マルチタレントとしてSMAPは国民的グループへと進化した。1990年代はその後もTOKIO・V6・KinKi Kids・嵐がデビューし、SMAPに続いて多方面へ進出していき、1990年代は単なる「イケメンアイドル」ではなく「マルチ路線」が特徴的となった。また2020年代にジャニーズ事務所の変革者となる滝沢秀明を中心としたジャニーズJr.も熱狂的となった。
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