鶏籠淡水長官
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/04 14:55 UTC 版)
鶏籠淡水長官はオランダ統治時代にスペインが台湾北部に設置した官職名。初代長官は1626年に台北を占拠したアントニオ・バルデス。 台湾遠征軍指揮官のバルデスを含め、1626年から1642年にかけて8名の鶏籠淡水長官が就任している。1630年以降は鶏籠長官と淡水長官に分けられ、鶏籠(現在の基隆市)と淡水の両地に駐留した。南部はオランダの勢力下であったため、スペイン人の勢力範囲は基隆・淡水の地域に限定されていた。 1630年以降籠と淡水長官に分けられ、行政の中心は基隆和平島と大台北地区の淡水鎮に分けられた。和平島には行政の中心となる聖薩爾瓦多城が設置され、淡水には現在も観光地として有名な紅毛城が建設された。 鶏籠淡水長官 国初代長官末代長官歴代数期間政府所在地スペイン ジュアン・デ・アルカルゾ ゴンザロポルティリオ 7 1626年-1642年 台湾基隆和平島(聖薩爾瓦多城) スペイン ルイス・デ・グズマン フランシスコ・ヘレナンデス - - 台湾淡水(紅毛城)
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