騎士道の興隆
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/16 15:59 UTC 版)
重騎士(ナイト)という身分が11世紀にはヨーロッパ全域で普通となり、馬上槍試合が考案されたのもこの頃である。馬や鎧といった重装備を準備する初期投資は簡単なものではなかったが、農奴層にとって騎士になることは自由民になるひとつの手段であった。12世紀になると、クリュニー修道院の修道僧達が神学的に正当な戦争という概念を提唱し、テンプル騎士団に代表される修道騎士団の創設を鼓吹した。貴族階級の身分の世襲はこの頃に始まったが、13世紀のドイツでは、貴族の肩書きほど輝かしいものではないとはいえ、騎士の身分もこの頃に世襲されるようになり、この風潮は他国へも広まっていった。
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