馬留王子
馬留王子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/26 19:05 UTC 版)
「九十九王子 (広川町)」の記事における「馬留王子」の解説
河瀬王子から南下し、鹿瀬(ししがせ)山麓にあるのが馬留王子(うまどめおうじ)の跡地である。「熊野道之間愚記」、『中右記』、さらに応永34年(1427年)の『熊野詣日記』にも記述が見えないことから、これらの参詣記の年代以降に成立したと見られる。しかし、『紀伊続風土記』は馬留の名の由来を、熊野御幸の時代に、この先の鹿瀬峠が険しいために馬で越えることが出来ず、馬を留めたことにあるとしている。1942年(昭和17年)の『和歌山県聖蹟』には、1メートル角位の小さな社や数個の階段石、社殿跡と見られる玉砂利があったというが、1971年(昭和46年)に西が調査した際には、一帯はミカン畑となっており何もなかったという。日高郡日高町にある同名の馬留王子と区別するために、広川町の馬留王子を東ノ馬留王子、日高町の馬留王子を西ノ馬留王子と称することがある。 所在地 - 和歌山県有田郡広川町399
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