風土記とは? わかりやすく解説

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風土記

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/31 15:46 UTC 版)

菟道稚郎子」の記事における「風土記」の解説

山城国風土記逸文では、菟道稚郎子住んだ宮は「桐原宮(きりはらのひげたのみや)」と記載される。また「宇治」の地名の由来はこの宮が営まれたためとし、それ以前当地は「許乃国(このくに)」と言ったとする。 『播磨国風土記』には「宇治天皇の世」という記載があり、事績見えないがこの「宇治天皇」は菟道稚郎子を指すと見られている。

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風土記

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/13 10:58 UTC 版)

磐井 (古代豪族)」の記事における「風土記」の解説

筑後国風土記』逸文(『釈日本紀』所引)によると、上妻県(かみつやめのあがた:現在の福岡県八女郡東北部)の役所の南2里(約1キロメートル)に筑紫君磐井の墓があるとする。その墓について詳述した後で古老伝えとして、雄大迹天皇継体天皇)の御世磐井は強い勢力有して生前に墓を作ったが、俄に官軍進発攻めようしたため勝ち目のないことを悟って豊前国上膳県(上毛郡現在の福岡県築上郡南部)へ逃げて身を隠した。そしてこれに怒った官軍石人・石馬壊したという。

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