郡代屋敷跡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/02/24 01:10 UTC 版)
江戸時代初期の関東郡代伊奈氏の郡代屋敷の跡地は、現在東京拘置所になっている。柳原土手(現・柳原通り)に移転後の関東郡代屋敷跡地には中央区教育委員会による「郡代屋敷跡」の標識が建てられている(東京都中央区日本橋馬喰町2丁目7−2、東日本橋交番横)。1806年に焼失後馬喰町御用屋敷となった以降も郡代屋敷と通称された。郡代屋敷の周辺には地方から出頭する者のための宿泊所(御用宿、公事宿)が多数でき、郡代廃止後の幕末明治にかけては浜町蠣殻町、芝神明境内などと並ぶ売春窟としても知られたが、警察により大正5年(1916年)に一掃された。
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