道井ヲト
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/22 00:05 UTC 版)
この記事の主題はウィキペディアにおける独立記事作成の目安を満たしていないおそれがあります。(2024年6月)
|
道井 ヲト(みちい ヲト、1871年9月1日(明治4年7月17日) - 1982年1月10日)は長寿日本一であった石川県の女性。
来歴
1871年に生まれる。石川県羽咋市に暮らした。1975年時点で石川県最高齢者であり、1980年4月、北海道の古平コハルの死去により長寿日本一となる。但し存命中は泉重千代の記録が認定されていたため日本2位、女性の長寿日本一などと報じられた[1]。
手毬作りが趣味であった。時代劇や相撲をテレビで見ることも楽しみであった。午前7時に起床し、午後8時に就寝する規則正しい生活で、末娘によると、長寿は規則正しい生活と節制の成果だったという[2]。
105歳になっても、週に1度は近くの銭湯を訪れ、娘と共に寺参りをし、選挙をも欠かさず参加していた。108歳の誕生日には、市長を正装で迎え、正座で対応した[2]。
晩年は末娘の介護を受け自宅で暮らしていた[3]。
1982年1月10日、老衰のため110歳で死去した。長寿日本一は熊本県の宮田トカとなった。
ジェロントロジー・リサーチ・グループ(GRG)では不完全なケースとして2000年代半ばには認定されている[4]。
脚注
- ^ “女性長寿日本一の道井ヲトさん”. 報道写真・ニュース映像の提供購入サービス:KYODO NEWS IMAGELINK(イメージリンク). 2024年6月5日閲覧。
- ^ a b “Oto Michii” (英語). LongeviQuest. 2025年8月22日閲覧。
- ^ 『星霜羽松ケ丘 : 六十年を迎えた羽咋高校』北国出版社、1982年。
- ^ “Table I, as of May 30, 2006”. web.archive.org (2006年6月18日). 2024年6月5日閲覧。
- 道井ヲトのページへのリンク