足利市立山辺中学校とは? わかりやすく解説

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足利市立山辺中学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/03 18:45 UTC 版)

足利市立山辺中学校
北緯36度19分2.1秒 東経139度26分0.5秒 / 北緯36.317250度 東経139.433472度 / 36.317250; 139.433472座標: 北緯36度19分2.1秒 東経139度26分0.5秒 / 北緯36.317250度 東経139.433472度 / 36.317250; 139.433472
過去の名称 山辺町立山辺中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 足利市
併合学校 足利市立矢場川中学校
設立年月日 1947年4月28日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード C109210000269
所在地 326-0837
栃木県足利市西新井町3157番地
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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足利市立山辺中学校(あしかがしりつ やまべちゅうがっこう)は、栃木県足利市西新井町にある公立中学校

概要

通称は「山中」「山辺」など。栃木県足利市の南部に位置し、生徒数は698名(2011年8月現在)と比較的大きな中学校と言える。

栃木県足利市の学校であるが、群馬県太田市高瀬町からの越境通学1964年(昭和39年)から2014年(平成26年)度まで公式に認められていた[1]。太田市高瀬町の本来の通学先であった太田市立毛里田中学校よりも山辺中学校の方が近かったため、太田市が足利市へ委託料を支払うことで特例として許可されていたのである[1]。しかしながら、太田市立城東中学校が開校すると、高瀬町からの通学距離は山辺中学校と変わらなくなったため、越境通学者は減少し、2014年(平成26年)度におおむね終了した[1]

服装
男子は一般的な学ラン、女子はネクタイリボンなしで紺のブレザーの制服がある。

沿革

矢場川中学校
  • 1947年 - 矢場川村立矢場川中学校開校。
  • 1960年 - 矢場川村の足利市合併により足利市立矢場川中学校と改称。
  • 1961年 - 閉校。
山辺中学校

出身者

脚注

  1. ^ a b c 風来堂 編 2019, p. 156.

参考文献

  • 風来堂 編 編『群馬・栃木・茨城 くらべてみたら? 「北関東三県」の不思議と謎』実業之日本社〈じっぴコンパクト新書364〉、2019年6月5日、191頁。ISBN 978-4-408-33862-0 

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