豊橋張子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/24 15:24 UTC 版)
江戸時代の末期に吉田藩の下級武士が内職で制作していた張子面を発祥とし、1937年(昭和12年)頃に天狗や鬼の面が提供されたことをきっかけに、豊橋張子として確立した。瓦粘土で作った型に和紙を張り、胡粉で下塗りしたうえに絵付けした面で、すべて手作業のためひとつひとつ表情が異なる。かつては4~5軒の屋台があり、数人の職人が制作したが、2005年頃には職人は1人となっていた。その最後の職人も2015年には高齢により引退し、後継者不在のため一時断絶したが、2017年から市内の郷土玩具愛好家らでつくる「豊橋竹とんぼ会」が技術継承に努めている。
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