西園寺公重とは? わかりやすく解説

西園寺公重

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/29 01:53 UTC 版)

西園寺 公重(さいおんじ きんしげ)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての公卿歌人内大臣西園寺実衡の次男。権大納言西園寺公宗の異母弟。官位正二位・内大臣(北朝)、太政大臣南朝)。竹林院北山と号する。


  1. ^ 新葉和歌集』には公重が行子の死を悼む哀傷歌が見えているので、公重の室(谷森善臣)か娘(井上宗雄)だったと思われる。
  2. ^ 後醍醐天皇が公重を抜擢したのは、関東申次であった嫡兄・公宗を親幕府派と見なして牽制する意図があったためとみられる。
  3. ^ 『西園寺家記録』13。家門を継いだ「了長」について、『大日本史料』は子の実長と解しているが、実長は正平10年/文和4年(1355年)に早世しているから明らかに誤りである。あるいは公重の孫にして、実長の子か(太田亮)。さらに、この人物を新葉和歌集作者の「左近大将公長」に比定する説もある(小木喬)。


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