薩摩への配慮
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/06 01:32 UTC 版)
日本年号の使用や王号・公号の書き分け、また尚真紀や尚寧紀を欠いている点から、薩摩に配慮した作りになっていると考えられている。 また、初代の王を舜天としたり、舜天と源為朝伝説を融合させている点は羽地の創作であるとされている。 琉球侵攻の前後に形成され薩摩や日本へ広がったと考えられる、侵攻と同地の支配とを正当化する島津氏の論理。すなわち、琉球は島津氏の附庸国であり、当時の三司官であった謝名親方が奸臣であったためにやむなく島津が琉球への討伐に乗り出したという論理を、本書は採用している。
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