著名な過去のコンスタンティノープル総主教
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「コンスタンティノープル総主教庁」の記事における「著名な過去のコンスタンティノープル総主教」の解説
カッコ内は日本ハリストス正教会での呼称。 ナジアンゾスのグレゴリオス(神学者聖グレゴリイ) ヨハネス・クリュソストモス(聖金口イオアン) フォティオス1世(聖フォティ) ミハイル1世キルラリオス - 1054年の東西教会の相互破門時の総主教。 イェレミアス2世 - モスクワ総主教庁の設立、グレゴリオ暦の否認、ルター派と宗教改革の最初期に書簡のやり取りを行った事で有名。 キリロス・ルカリス - ブレスト合同でのローマ教皇側の手法を目の当りにした経験から、反ローマの姿勢を終生崩さなかった総主教。キリル・ルカリスとも。 グリゴリオス5世 - 聖ゲオルギオス大聖堂の改修に功のあった総主教であり、ギリシャ独立戦争時の総主教。復活大祭の直後にオスマン帝国によって処刑された。
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