航空機製造事業(1961年まで)
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「イカルバス」の記事における「航空機製造事業(1961年まで)」の解説
1923年にイカルス社として設立された当時、事業の中心は航空機製造であった。外国製航空機のライセンス生産を経て自社設計・開発機を手がけるようになり、第2次世界大戦による中断をはさみつつ、練習機イカルス アエロ2や単発戦闘機S-49などを製作した。1950年代にはユーゴスラビア初のジェット機・イカルス451Mの開発も行っている。その後、イカルス社の航空機製造事業は、モスタルに設立されたSOKO社(en:SOKO)に移管されることとなり、1961年に航空機製造部門を同社へ移管し、事業から撤退した。 なお、SOKO社は、練習機G-4や攻撃機J-22などの開発・生産を手がけたものの、1990年代に至ってボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の激化により操業は困難となり、1992年に閉鎖となった。SOKO社の航空機事業はパンチェヴォのUTVA社(en:Utva Aviation Industry)に承継されたが、その後はSOKO社開発機の新造は行われていない。
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