自治体合併問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/02 02:23 UTC 版)
現在、人口1万未満のために単独町制維持には厳しいものがある。木曽岬町は三重県内の他の地域とは木曽川で隔てられている一方で愛知県側とは陸続きになっており、生活圏が一体化している弥富市との越境合併を求める声が強い。 昭和の大合併の際には弥富町との合併を巡って村を2分する激しい対立が起きている。この時には国から「現段階で合併を行う事は適当ではない」との裁定が下った事に加え、1959年(昭和34年)の伊勢湾台風で村民の約1割が犠牲となって対立どころではなくなり、混乱は収束した。 平成の大合併では桑名市を中心とする三重県側の自治体との間で合併協議がもたれたが、弥富市との合併を求める声が多い一方、桑名市との合併を望む声は少なく、結果的に合併協議を離脱して単独町制を選択、越県合併の可能性を残す形となった。しかし、越県合併には両県の同意が必要とされる。昭和の大合併の際は、愛知県議会は合併に賛成したが、三重県議会は反対している。@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}木曽岬干拓地の県境問題ですら解決に26年かかった事からも、合併の実現は現実的には難しいのではないかと言われている。[独自研究?]
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