第32回(2008年)・第33回(2009年)世界遺産委員会の動き
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2008年の第32回委員会でも登録リストからの抹消が検討されたが、市当局からの様々な方策を模索している旨の釈明があったことなどから、建設がすでに始まっていたにもかかわらず、抹消は見送られた。ただし再び「警告」が出され、橋の建設が中止されないようであれば次の第33回委員会において登録リストから抹消する方針が確認された。 しかし、2008年11月には上部構造の工事が着手されるなど建設は徐々に本格化し、建設中止は見込めないものとして、2009年6月25日、第33回委員会で世界遺産リストからの抹消が決議された。抹消されたのはオマーンの「アラビアオリックスの保護区」(2007年)に次いで2件目だが、「アラビアオリックスの保護区」の事例は救済を図ろうとした委員会の意向を蹴ってオマーン政府が要請した側面を持っていた。これに対し、ドレスデン・エルベ渓谷の事例は委員会の意思として抹消を決議した最初の事例であった。その後、ヴァルトシュレスヒェン橋は2013年8月に開通している。
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