秦朝の君主
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注:昭襄王は既に秦が周を全滅させた時点で51年間秦を支配していたが、戦国時代の他の6国は、依然独立を保っていた。従って歴史家によっては翌年(昭襄王の52年目)を正式な周からの継承として用いた。 始皇帝は紀元前221年に中国を統一してから自ら「皇帝」と名乗った最初の中国の君主であった。従ってこの年は内戦で暫時中断する紀元前206年までの15年間続く「秦朝」の始まりと西洋の歴史家から一般に採用されている。 諡 / 肩書き漢姓と中国人名(英語版)統治期間慣例:「秦」+諡 昭襄王 嬴稷(yíng jì)または嬴則(yíng zé) 紀元前306年–紀元前250年 孝文王 嬴柱(yíng zhù) 紀元前250年 荘襄王 嬴子楚(yíng zǐ chǔ) 紀元前249年–紀元前247年 秦朝(紀元前221年–紀元前206年) 始皇帝 嬴政(yíng zhèng) 紀元前246年–紀元前210年 胡亥(二世皇帝(Èr Shì Huángdì)) 嬴胡亥(yíng hú hài) 紀元前210年–紀元前207年 子嬰は個人名か秦王子嬰(qín wáng zi yīng)を用いて参照されることが珍しくない。 存在せず 嬴子嬰(yíng zi yīng) 紀元前206年
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