神威神社とは? わかりやすく解説

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神威神社

読み方:カムイジンジャ(kamuijinja)

教団 神社本庁

所在 北海道積丹郡積丹町

祭神 大綿津見神 ほか

神社名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。

神威神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/29 07:16 UTC 版)

神威神社
所在地 北海道積丹郡積丹町大字来岸町10
位置 北緯43度19分45.8秒 東経140度23分56秒 / 北緯43.329389度 東経140.39889度 / 43.329389; 140.39889座標: 北緯43度19分45.8秒 東経140度23分56秒 / 北緯43.329389度 東経140.39889度 / 43.329389; 140.39889
主祭神 大綿津見神志那津彦神志那津姫神豊受姫神
社格郷社、神饌幣帛料供進神社
創建 不詳
本殿の様式 神明造
地図
神威神社
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神威神社(かむいじんじゃ)は、北海道積丹郡積丹町にある神社旧社格は郷社。本社の神殿は善美を尽くした神明造で、北海道でも類を見ず、道文化財に指定される。

由緒

文治年間に源義経が蝦夷地に落ち延び神威岬にさしかかった際に、神威岩に大綿津見神、志那戸神を奉斎し航海の安全を祈願したところ通過できたという。その後松前藩の地頭藤倉近兵衛が神殿を神岬村に創建し「志屋古丹明神」、「於賀武意明神」と崇称した。1866年慶応2年)に社殿を現在の来岸村に移し、積丹郡中の守護神として崇敬された。

沿革

  • 時期不明-松前藩地頭藤倉近兵衛、神岬村に志屋古丹明神(於賀武意明神)創建
  • 1663年寛文3年)-出稼ぎの漁民により社殿再建
  • 1805年文化2年)-松前正神主白鳥遠江守 祭主
  • 1866年(慶応2年)-社殿が来岸村に移転
  • 1870年明治3年)-現在の場所に移転し本殿拝殿を再建
  • 1875年(明治8年)-郷社に列格、大綿津見神社と公称
  • 1911年(明治44年)-余別・来岸・神岬・西河の各村社稲荷神社を合祀
  • 1915年大正4年)-神饌幣帛料供進神社に指定
  • 1931年昭和6年)-本殿改築、神威神社に改称
  • 1944年(昭和19年)-向拝・拝殿・神饌所を改築竣工
  • 1946年(昭和21年)-宗教法人となる
  • 1988年(昭和63年)-御鎮座百二十周年記念奉祝祭斎行

御祭神

祭事・年中行事

例祭(7月17日

社宝

  • 刀剣(中川源治寄進伝松前藩公佩用太刀)

参考文献

  • 神社名鑑(1963年・神社本庁神社名鑑刋行会)

脚注

外部リンク



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