磁気スキルミオン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/18 01:20 UTC 版)
物理学において、磁気スキルミオン(じきスキルミオン、英: magnetic skyrmions、単にスキルミオンとも[1][2])は、磁性体中の渦状スピン配向[3][4]を準粒子としてモデル化したものである[5]。イギリス人物理学者トニー・スカームの考案したモデルを援用して理論的に予言されたためこの名がある[3][6][7]。その後、実験的な観測例も多数報告されている[8][9]。磁気スキルミオンの定義の大筋は事実上確立されているが、細部では様々に異なる解釈が存在する。
シリコマンガンのようなバルク磁性体や[9]、磁性薄膜上に生じることが知られている[3][4][10]。これらはアキラル(図1a)となることもキラル(図1b)となることもあり、動的励起状態として現われることも[5]、安定もしくは準安定状態として現われることもある[8]。
概要
ほとんどの理論では、マイクロ磁気学で用いられる連続場近似に基づいて形式化されたトポロジー(物体が空間を占める様式や形状を分類する数学分野)によって磁気スキルミオンを記述している。一般的に、磁気スキルミオンを特定するには非零の整数であるトポロジー量子数[11](化学的なトポロジカル・インデックスとは異なる)が用いられる。この値は回転数や[要出典]、トポロジカルチャージ[11](電荷を指すチャージとは関係がない)、トポロジカル量子数[12](ただし、値が「量子化」されていることを除けば、この指標は量子力学や量子現象とは関係がない)、またはより漠然と「スキルミオン数」[11]と呼ばれたりする。 場のトポロジー指標は数学的に次のように記述できる[11]。

この方程式が記述する物理は、ある種のスピン配向である。この配向においてスピンはほぼ全域で薄膜面に正規直交するが、ある特定の領域だけが例外で、そこではスピンの向きが徐々に反転していき、ほかとは反平行な向きに至る。二次元等方性を仮定すると、円対称性を示すような配向の自由エネルギーが最低となり、(二次元スキルミオンの場合は)図1に示すような配向となる。一次元の場合について、「スキルミオン性の」磁壁対の周りに生じる磁化変化と、トポロジー的に自明な磁壁対の周りに生じる磁化変化との違いを図2に示す。前者の一次元スキルミオンのスピン配向は、二次元ハリネズミ状スキルミオン(図1a)を直径で切断し、切り口に沿って局所的スピンの向きの変化を追っていったものと等価である。
ここで、上述のトポロジー指標条件を満たす二つの異なる配向が存在することを確認しておこう。それらの間の区別は、図1に示した二種類のスキルミオンをそれぞれ縦に切断し、断面に沿って局所的なスピンの向きの変化を観察すれば明らかになる。図1 (a) の場合、直径に沿った磁化の変化はサイクロイド状になっている。この種類のスキルミオンは「ハリネズミ状スキルミオン」 (hedgehog skyrmion) として知られる。図1 (b) の場合、磁化の変化は螺旋状になっており、「渦状スキルミオン」 (vortex skyrmion) と呼ばれることが多い。
応用


磁気スキルミオンを用いることにより、単一磁区を用いるものよりも格段に(単位体積あたりの)エネルギー的に安定なディスクリート磁気状態を実現できると期待されている。このため、磁気スキルミオンの有無をビットとして情報を符号化するメモリや論理素子が将来的に構想されている。また、動的磁気スキルミオンは強いブリージング (breathing) を示すため、スキルミオンベースのマイクロ波技術につながりうる[14]。さらに、薄膜またはナノトラック上の磁気スキルミオンの位置をスピン流[10]もしくはスピン波[15]により操作できることがシミュレーションにより示唆されている。したがって、磁気スキルミオンは未来型のレーストラック型インメモリ論理演算技術の候補としても考えられている[10][13][16][17]。
発見と応用の歴史
2009年初頭、ミュンヘン工科大学のセバスティアン・ミュールバウアー、クリスティアン・プフライダラー、ペーター・ベーニと、理論家のアヒーム・ロシュ(ケルン大学)らは、磁性固体(−245 °C に冷却し、0.2 T の磁場を印加したシリコマンガン結晶)においてスキルミオン格子を直接観測することに初めて成功した[18]。キール大学とハンブルク大学、およびユーリッヒ研究センターの研究者グループは、外部磁場なしのスキルミオンの初発見についての論文を2010年9月に投稿し、2011年1月に発表した[19][20]。2013年、ハンブルク大学の研究者は、スキルミオンをある表面上に意図的に生成および消滅させることに成功した[21]。これにより、情報技術分野への応用が近づいた。
スキルミオンは、従来の磁気デバイスが利用していたよりも数桁弱い磁場下で動作することができる。2015年、磁気スキルミオンを室温条件で作成・操作できる実用的な方法が発表された。そのデバイスでは磁化されたコバルト円盤の配列を用いてコバルトおよびパラジウム薄膜上に人工スキルミオン格子を実現している。真円度を制御した非対称磁性ナノドットが垂直磁気異方性 (PMA) のある基盤層の上に整列している。極性は調整された磁場配列により制御され、磁力計による測定で実証されている。基盤層の界面領域に、臨界イオン照射によって PMA を抑制することにより、渦構造が刷り込まれている。スキルミオン格子は偏極中性子回折法および磁気抵抗効果の計測により確認された[22][23]。
スキルミオン格子
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バルクや薄膜上に安定状態として現われるスキルミオンは、三角形状格子を成す場合が多い[11][18]。準安定状態として四角形状格子を成す場合もある[24][25]。
安定性の理由
スキルミオン磁化配向では、ほかのスピンと逆の方向を向いていた原子スピンが180°反転して周りと向きを揃えるにはエネルギー障壁を超えなくてはならない。それゆえこの配向は安定であることが予言される。このエネルギー障壁は曖昧に「トポロジカル保護」 (topological protection) に由来するものと説明されることが多い(#トポロジー的安定性とエネルギー的安定性の節を参照)。
系の磁気相互作用次第で、系の自由エネルギーが最小化されたときにスキルミオントポロジーが安定となる場合もあれば、準安定や不安定となる場合もある[要出典]。
孤立スキルミオンにも、スキルミオン格子にも理論的解が存在する[要出典]。しかし、スキルミオンの安定性と振る舞いの性質は系の相互作用の種類によって大きく異なるため、著しく異なるものが等しく「スキルミオン」と呼ばれることがありえる。この理由から、特定の磁気相互作用から生じる、安定性に関する一連の性質を持った磁気構造に対して「スキルミオン」という用語を使用しない物理学者もいる。
近年、スキルミオンの安定性が圧力の印加によって劇的に変化することが実験的に発見された[26]。
磁気スキルミオンの複数の定義
一般に、磁気スキルミオンの定義は二つのカテゴリーに分けられる。どちらのカテゴリーを用いるかは、主にどの性質を強調したいかによって変わってくる。カテゴリーの一つはトポロジーに厳密に基く。この定義は磁気構造のトポロジーに依存する物性、たとえば動的挙動を考察する場合に適切だろう[5][27]。もう一つのカテゴリーは、ある種のソリトン的磁気構造が持つ固有のエネルギー的安定性を強調するために用いられる。このようなエネルギー安定性は、ジャロシンスキー・守谷相互作用 (DMI) として知られる一種のキラル相互作用によって生じる場合が多いが、必ずというわけではない[11][28][29]。
- 数学的に表現すると、前者のカテゴリーの定義では、スピンテクスチャのスピン空間変化が次の条件を満たすとき、磁気スキルミオンと呼ばれる。
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