焼きならし(焼き準し)
熱間鍛造などによる結晶粒の粗大化や組織のムラを解消し、機械的性質や後工程の機械加工性を改善することを目的とした熱処理である。具体的には鉄鋼製品を900~930℃に加熱したあと空冷する処理で、浸炭焼入れされるトランスミッションギヤおよび高周波焼入れされるアクスルシャフトなどの機械加工を容易にするために、熱間鍛造後に行われている。
焼ならし
(焼きならし から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/17 08:43 UTC 版)
焼ならし(やきならし、英語: normalizing)とは、鋼を所定の高温まで加熱した後、一般には空冷で冷却して、金属組織の結晶を均一微細化させて、機械的性質の改善や切削性の向上を行う熱処理[1] [2]。焼きならし、焼き準し(やきならし)、焼準(しょうじゅん)とも表記する[3][4]。 本記事では日本工業規格、学術用語集に準じて、「焼ならし」の表記で統一する[1][5]。
目的
焼ならし処理により以下のような改善が得られる。
組織の均一微細化

薄い灰色部:フェライト、濃い灰色部:パーライト
鉄鋼製部品の材料となる鋼材は、鋳造、鍛造、圧延で造られる[6]。しかし、鋳造によるものは冷却および凝固速度が場所によって不均一なため、鍛造あるいは圧延によるものは肉厚不同や熱間加工終了温度の部分的不同のため、過熱異常組織や炭化物の部分的凝集、結晶粒の粗大化や不均一が発生する[6]。焼ならしでは、このような材料に対して所定の処理を行うことにより、組織全体で成分を均一化させ結晶粒を微細化させる[7]。
「鋼を標準状態に戻す処理」という意味合いから、焼準という字が当てられるとされるが[8]、得られる組織は鋼の標準組織ではない[9]。鋼の標準組織を得ることができる熱処理は、焼なましの一種である完全焼なまし処理などである[2]。焼ならしで得られる均質微細な組織は焼ならし組織と呼ぶ[10]。
室温の鋼の標準組織は、亜共析鋼ではフェライト+パーライト、共析鋼ではパーライトのみ、過共析鋼ではパーライト+セメンタイトで構成される[11]。このパーライトはフェライトとセメンタイトが微視的に層状に並ぶ混合組織である[12]。一方、焼ならし組織は、基本的な組織は標準組織と同じだが結晶粒が微細化されており[13]、特にパーライトは電子顕微鏡でないと層状であることが確認できないような微細パーライトと呼ばれる組織になる[6][14]。
機械的性質の改善
鋳造、鍛造、圧延で造られ、上記で述べたような不均一組織を持つ鋼材を焼ならしすると、引張強さ、降伏点、伸び、絞り、衝撃値などの機械的性質が向上する[6]。焼なましが鋼を軟らかくする処理で、焼入れが鋼を硬くする処理であるのに対して、焼ならしは鋼にある程度の硬さと粘り強さを与える処理と言われる[8]。
特に、機械的性質の改善の内、引張強さの向上はそれほどではないが、衝撃特性はかなり改善される[15]。焼ならしをしたものと鍛造、圧延のままのものを比較すると、それぞれが同じ引張強さでも焼ならし品の方が耐衝撃性が優秀である[16]。
熱処理後の鋼の機械的性質は炭素含有量の影響が特に大きい[17]。例として、鋼焼ならし後の機械的性質推定式を以下に示す[18]。適用範囲は炭素含有量 0.20 - 0.65%、マンガン含有量 0.50 -0.90% の範囲における鋼である。
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鉄-炭素系平衡状態図 加工欠陥
焼ならしによる欠陥には、酸化によるスケール、脱炭などがある[36]。酸化と脱炭を完全に防止するには鋼と化学反応しない中性ガスで加工品を加熱する方法が必要になる[37]。また、急激な昇温を行うと、加工品内で温度差ができて熱応力により割れが発生することもある[38]。このため、大型加工品や複雑な形状の加工品は階段状に昇温するなどの工夫が取られる[38]。以上の欠陥はいずれも加熱に伴うもので、誤れば焼入れや焼なましなどでも同様に発生し得る。
一方で、焼入れと異なりマルテンサイト変態や急激な冷却が必須ではないので、焼ならしは冷却時の焼割れや焼曲りの危険が少ないという利点がある[8]。
脚注
- ^ a b c d 日本工業標準調査会 編『JIS B 6905 金属製品熱処理用語』1995年、3頁。
- ^ a b 日本機械学会 編『機械工学辞典』(第2版)丸善、2007年、1307頁。ISBN 978-4-88898-083-8。
- ^ “「焼き準し」の意味 デジタル大辞泉”. goo辞書. NTTレゾナント. 2014年10月4日閲覧。
- ^ “焼きならしの意味・解説 大車林”. Weblio辞書. 三栄書房、Weblio. 2014年10月4日閲覧。
- ^ “オンライン学術用語集検索ページ”. 学術用語集. 文部科学省・国立情報学研究所. 2014年9月21日閲覧。
- ^ a b c d e f 熱処理ガイドブック 2013, p. 118.
- ^ a b 新・知りたい熱処理 2001, p. 105.
- ^ a b c 熱処理技術マニュアル 2008, p. 41.
- ^ 熱処理技術マニュアル 2013, p. 114.
- ^ 熱処理技術マニュアル 2008, p. 114.
- ^ 熱処理技術入門 1080, p. 5.
- ^ 熱処理技術入門 1980, p. 5.
- ^ 熱処理技術入門 1980, p. 15.
- ^ 熱処理ガイドブック 2013, p. 79.
- ^ a b c 熱処理ガイドブック 2013, p. 85.
- ^ 新・知りたい熱処理 2001, p. 130.
- ^ 熱処理ガイドブック 2013, p. 12.
- ^ 荘司郁夫・小山真司・井上雅博・山内啓・安藤哲也『機械材料学』丸善出版、2014年7月10日、181-182頁。 ISBN 978-4-621-08840-1。
- ^ 坂本卓 2007, p. 22.
- ^ 藤木榮 2013, p. 40.
- ^ a b c 機械工作法Ⅰ 2002, p. 182.
- ^ a b c d e f 熱処理ガイドブック 2013, p. 120.
- ^ a b c d e 機械工作法Ⅰ 2002, p. 183.
- ^ 藤木榮 2013, p. 60.
- ^ 新・知りたい熱処理 2001, p. 121.
- ^ 熱処理ガイドブック 2013, p. 121.
- ^ 熱処理ガイドブック 2013, p. 179.
- ^ a b 熱処理ガイドブック 2013, p. 119.
- ^ 藤木榮 2013, p. 12.
- ^ a b c 熱処理技術マニュアル 2008, p. 42.
- ^ 坂本卓 2007, p. 58.
- ^ a b 熱処理ガイドブック 2013, p. 86.
- ^ 藤木榮 2013, p. 61.
- ^ 新・知りたい熱処理 2001, p. 107.
- ^ a b c d 熱処理技術マニュアル 2008, p. 107.
- ^ 熱処理ガイドブック 2013, p. 172.
- ^ 熱処理ガイドブック 2013, p. 173.
- ^ a b 坂本卓 2007, p. 55.
参考文献
- 大和久重雄、2008、『熱処理技術マニュアル』増補改訂版、日本規格協会 ISBN 978-4-542-30391-1
- 日本熱処理技術協会、2013、『熱処理ガイドブック』4版、大河出版 ISBN 978-4-88661-811-5
- 日本熱処理技術協会・日本金属熱処理工業会、1980、『新版熱処理技術入門』初版、大河出版
- 朝倉健二・橋本文雄、2002、『機械工作法Ⅰ』改訂版、共立出版 ISBN 4-320-08105-6
- 不二越熱処理研究会、2001、『新・知りたい熱処理』初版、ジャパンマシニスト社 ISBN 4-88049-035-0
- 藤木榮、2013、『絵で見てわかる熱処理技術』初版、日刊工業新聞社 ISBN 978-4-526-07170-6
- 坂本卓、2007、『絵とき 熱処理の実務 ―作業の勘どころとトラブル対策―』初版、日刊工業新聞社 ISBN 978-4-526-05946-9
関連項目
外部リンク
- 熱処理データベース:焼ならしの目的と種類 - 『加工技術データベース』(産業技術総合研究所)より
- 鋳鉄の熱処理(7)鋳鉄の焼ならし《焼準:しょうじゅん》~誰でも分かる鋳物基礎講座 - 日本鋳造工学会・関東支部Webサイトより
- 『工学入門シリーズ 熱処理』(1962年) - 文部省(現・文部科学省)の企画の下で日経映画社(現・日経映像)が製作。再生開始後16分16秒から18分08秒までの間が焼ならし法の説明となっている。『科学映像館』より
- 焼きならしのページへのリンク