漢語由来説
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「投下 (モンゴル帝国)」の記事における「漢語由来説」の解説
安部、岩村の説を受けて周藤が提唱した説。周藤は「頭下・頭項」という用語を改めて史料上で精査し、北宋・南宋において賊の長や兵団の指揮官が「頭項」と呼ばれていたことを指摘し、その上で、北宋において「頭項」の用例が頻出する以上、頭項・頭下・投下を外来語からの音訳の表記ゆれとみなす安部・岩村説は成り立たないと論じた。また、宋代には「頭」のみで「頭項」と同じく「軍の長」という用例があることも指摘し、キタイ帝国においては北宋の用例を輸輸入する形で部族の長を「頭下(項)」と呼び、それが更にモンゴル帝国に取り入れられて「投下」と呼ばれるようになったのだと論じた。現在ではこの説に基づき、「投下」は漢語から取り入れられた語彙であるとする説が受け入れられている。
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漢語由来説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/29 20:32 UTC 版)
「起輦谷」という地名は何らかのモンゴル語の転写ではなく、そもそも漢語の地名であったとする説。フランス人研究者のポール・ペリオは「起輦谷」を「乗輦起程的山谷」という漢語から由来する地名であると論じたが、これは史料的な裏付けのある説ではなく、ほとんど支持されていない。
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