湊川神社 - 兵庫県神戸市中央区
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「楠木正成」の記事における「湊川神社 - 兵庫県神戸市中央区」の解説
楠木正成(大楠公)の神霊を主祭神とし、子息の楠木正行(小楠公)および湊川の戦いで斃れた一族十六柱と菊池武吉の神霊を配祀。戦後になって大楠公夫人久子の神霊も合祀された。神社として創建されたのは比較的新しく、明治5年(1872年)のこと。神社創建以前から存在した墓所には、徳川光圀によって墓碑「嗚呼忠臣楠子之墓」が建立されている。異説もあるが、湊川の戦いで敗れた正成が弟正季とともに「七生」を誓って現在の湊川神社の北に位置する広厳寺 (廣厳寺)の塔頭で共に自刃して自害したとされる。その後、塚に移された戦没地ではあるが、同寺は墓所地と自害地を境内に有している(同寺本堂には正成とその一族の位牌がある)。
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