民衆党 (ポルトガル)とは? わかりやすく解説

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民主社会中道・人民党

(民衆党 (ポルトガル) から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/25 15:13 UTC 版)

ポルトガル政党
民主社会中道・人民党
CDS - Partido Popular(CDS-PP)
CDS-PPロゴ
党首 ヌーノ・メロ
成立年月日 1974年7月19日
本部所在地 ポルトガルリスボン
共和国議会
2 / 230   (1%)
(2024年3月10日)
党員・党友数
38,455人[1]
(2018年)
政治的思想・立場 中道右派[2][3] - 右派
キリスト教民主主義
保守主義[4]
国際組織 欧州人民党
国際民主同盟
公式サイト www.cds.pt
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民主社会中道・人民党(みんしゅしゃかいちゅうどう・じんみんとう、ポルトガル語: Centro Democrático e Social-Partido Popular、略称:CDS-PP)は、ポルトガル中道右派政党国際民主同盟及び欧州人民党に加盟。選挙の際は「人民党」と名乗ることが多い。党首はヌーノ・メロ。

歴史

結党

カーネーション革命後の政治的混迷の最中に結成。1975年1月25日に、ポルトのロザ・モタ・パビリオンにて初の党大会を開催する。

カーネーション革命に抗して

1975年3月25日以後、当時の政権が主要産業の国有化に踏み切ったことを受け、党は公式に野党を表明。また、翌年4月2日には社会主義色が濃い憲法の批准に16名の議員が国内の政党で唯一反対票を投じており、同年の選挙で共産党を上回る42議席を獲得した。

民主同盟

1979年には、社会民主党及び人民君主党と中道右派政党連合民主同盟」(Aliança Democrática、AD)を結成。社会民主党のフランシスコ・サ・カルネイロ率いる民主同盟は、同年と翌年の選挙で勝利し、政権与党となった。

サ・カルネイロを首班とする民主同盟政権において人民党は、5名の閣僚及び10名の国家評議会員を輩出、また、ディオゴ・フレイタス・ド・アマラル党首が副首相兼外務大臣に就く。

しかし、1980年12月4日にサ・カルネイロ首相、アデリノ・アマロ・ダ・コスタ国防相らが航空事故により死亡すると、ド・アマラルが新政権発足まで首相を務める(後任は社会民主党党首のフランシスコ・ピント・バルセマン)。1981年9月4日、ド・アマラル党首辞職に伴い政権が崩壊し、民主同盟にも終止符が打たれる。

野党の20年間

民主同盟の崩壊後、アドリアノ・モレイラ新党首の下で党体制の刷新を図るも、退潮を止めることが出来ず1期限りで党首を降りる。その後ド・アマラルが党首に返り咲いてもこの傾向は変わらず、アニーバル・カヴァコ・シルヴァ率いる社会民主党の後塵を拝し、一時は4議席(後に5議席)にまで後退。1992年にはド・アマラルが党を離れる。

ド・アマラルの離党後の同年3月、第10回党大会にてマヌエル・モンテイロが党首に選ばれ、翌年の臨時党大会で スペインの同名の政党を模範とすべく、党名に人民党が加わる。

1995年の議会選挙で15議席を獲得し党勢が回復したものの、1997年の地方選挙で敗北を喫する。この結果を受けモンテイロが党首を辞任し、ブラガで開かれた党大会にてパウロ・ポルタスが党首に就任。ポルタスは1999年の議会選挙で現有議席を確保することなどを公約し、それを果たした。

「民主連合」

2001年の地方選挙と翌年議会選挙で大敗後、社会党アントニオ・グテーレス首相が辞任。一方、社会民主党が比較第1党となったことから、20年振りに人民党との連立政権が復活する。その際、人民党は3名の閣僚(ポルタス国防相、バガン・フェリス社会保障相、セレステ・カルドナ法務相)を輩出。

2004年夏、ジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾ首相が辞職し欧州委員会委員長となったのに伴い、ペドロ・サンタナ・ロペスを首班とする新たな社会民主党・人民党連立政権が誕生。だがロペス首相は国民からの人気が今一つだったため4ヶ月で辞任、議会も解散し議会選挙へと突入する。

2005年ポルトガル議会選挙以後

2005年の議会選挙では、人民党が議会第3党の維持と社会党の絶対多数阻止を掲げ選挙戦を展開。その結果、10%の得票率を記録したものの、現有14議席から2議席減らす12議席に留まった。

選挙での惨敗と連立相手であった社会民主党の敗北を受け、ポルタスが党首の座を降り、ホセ・リベイロ・カストロが新党首となった。しかし2007年5月にはポルタスが党首に返り咲く。ポルタスの下で党は息を吹き返し、2009年の議会選挙にて21名が当選し躍進する。

その後党勢は退潮が続いており、2019年の総選挙英語版では、改選前の18議席から13議席を失い、5議席にまで勢力が後退、さらに2022年の総選挙英語版では全議席を失った。

中絶に対する立場

プロライフ政党としての立場から、妊娠中絶の合法化には強く反対する。1998年及び2007年実施の中絶合法化の是非を問う国民投票では、何れも反対キャンペーンを展開。なお、党自体は非合法中絶と中絶自体が抱える問題を解決するべく、「生命に対する権利」に基づく代案を出している。

党勢の推移

選挙年 総得票数 得票率 当選者
1975 434,879 7.6% 16
1976 876,007 16.0% 42
1979 2,554,458 42,5% 42
1980 2,706,667 44,9% 46
1983 716,705 12.6% 30
1985 577,580 10.0% 22
1987 251,987 4,4% 4
1991 264,317 4.4% 5
1995 534,470 9,0% 15
1999 451,543 8,3% 15
2002 477,350 8,7% 14
2005 416,415 7.3% 12
2009 592,778 10.4% 21
2011 653,987 11.7% 24
2015 2,085,465 38.6% 18
2019 221,094 4.2% 5
2022 89,181 1.6% 0

注:1979年および1980年の得票率および得票数は、民主同盟のもの。2015年の得票率および得票数は、社会民主党との政党連合「ポルトガルよ前へ」のもの。

脚註

関連項目

外部リンク


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