死と王位の承継
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/12 05:39 UTC 版)
「オファ (マーシア王)」の記事における「死と王位の承継」の解説
オファは796年7月29日に死去し、ベッドフォードに埋葬されたとされるが、勅許状に記された「Bedford」が今日のベッドフォードと同一かどうかは明らかでない。死後息子のエグフリス(Ecgfrith)が後を継いだが、『アングロサクソン年代記』によれば「エグフリスははわずか141日の治世の後に死んだ」という。アルクィンが797年にマーシアのエアルドルマン(ealdorman、貴族)オズバート(Osbert)に宛てた手紙からは、オファが息子エグフリスの王位継承を確実なものとするためにあらゆる手段を講じたことが伺える。その手紙によれば、エグフリスは「自らの罪のために死んだのではない。王国を守るために父が流した血の復讐が息子に届いたのだ。息子に王国を譲るためにあの父親がどれだけの血を流したか、あなたもよく知っているだろう」。787年のエグフリスの戴冠式に合わせてオファが王家の血を引くライバルを排除したことは明らかである。これはオファの血統を残すという観点から見ると裏目に出たようで、オファやエグフリスの近親の男性の名は記録に残っておらず、エグフリスの後継者となったコエンウルフはオファの家系からは遠縁の人物であった。
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