松平昌勝とは? わかりやすく解説

松平昌勝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/30 09:55 UTC 版)

 
松平昌勝
時代 江戸時代前期
生誕 寛永13年3月11日1636年4月16日
死没 元禄6年7月27日1693年8月28日
改名 千菊丸/仙菊丸(幼名)、昌勝
戒名 見性院殿従四位下前中書鉄関了無大居士
墓所 福井県吉田郡永平寺町松岡の天龍寺
東京都品川区南品川の天龍寺
官位 従五位下中務大輔従四位下
幕府 江戸幕府
主君 徳川家光家綱綱吉
越前松岡藩
氏族 越前松平家(福井家→松岡家)
父母 松平忠昌、幾久
兄弟 昌勝光通、長松、徳松、昌親、万姫、
国姫、千姫、布里姫
松平定行三女菊姫
葉津、上坂氏、秋山氏ら
綱昌宗昌、昌純、吉邦、昌賁、
諏訪忠虎正室、大田原清信正室、清寿院
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松平 昌勝(まつだいら まさかつ)は、江戸時代前期の大名越前国松岡藩初代藩主。松岡松平家の祖。官位従四位下中務大輔

生涯

寛永13年(1636年)3月11日、越前福井藩主・松平忠昌の長男(庶長子)として江戸にて誕生した。多賀谷村広が傅役を命じられた。

忠昌の死後、その遺言により正保2年(1645年)に5万石を分与され、慶安元年(1648年)に芝原と呼ばれていた地を松岡と改め、松岡藩を立藩した。3年ほどかけて松岡館が建てられた。同年12月31日、従五位下・中務大輔に叙任する。慶安4年(1651年)には昌勝、光通、昌親の兄弟揃って、日光の家光廟普請の手伝いを命じられている。

承応2年(1653年)、祖母を偲んで領内に永平寺末寺として清涼山天龍寺を建立した。寺の山号は祖母の清涼院から取られ、寺名の天龍寺は、住職が以前にいた江戸品川の天龍寺から名づけられた。松岡藩主家の菩提寺であり、のち昌勝の子が福井藩を継ぐと、福井藩の菩提寺の一つとなった。また、この前後に領内の治水を行うと共に松岡館に外濠を掘り、土居(土塁)をめぐらせ拡充した。寛政4年(1792年)7月27日、昌勝百回忌を記念して昌勝の像が作られ、同寺に安置された。現在も寺内には昌勝を祀る「御像堂」があり、現在でも毎年「御像祭」が行われ、その際に一般公開されている。

承応3年(1654年)、松岡に初入部した。地元では温厚で、領民に対し気さくな人柄であったとの話が残る。乗馬などの武芸以外にも、川での漁、鵜飼い、水泳、相撲に博奕、和歌などを好んだともされる。また、殖産興業に勤め、特に鋳物の産業が発展した。寛文3年(1663年)12月28日には従四位下に上った。貞享3年(1686年)に正式に福井藩から独立経営することを認められた。

その後も本家の家督を継げなかったことに不満を持ち、たびたび本藩に介入し、後に起こる福井藩の家督騒動の一因を作ることとなった。光通の死後はさらに弟の昌親が相続し、昌勝が福井藩の藩主になることは最後までなかった。

元禄6年(1693年)7月27日に江戸浅草の屋敷にて58歳で死去し、跡を三男・昌平(後の宗昌)が継いだ。

土芥寇讎記』に拠れば、「分限より奢り、美少年を好み、常に酒宴を催していた」が、「今のところ悪事を働いていないので、中の下の将」であるとされている。

系譜

  • 父:松平忠昌(1598年 - 1645年)
  • 母:幾久(? - 1672年) - 白石信継の娘
  • 正室:菊姫(? - 1661年) - 松平定行の三女
  • 側室:葉津(? - 1684年) - 中根好貞の娘
    • 次男:鍋千代(1669年 - 1671年)
    • 長女:菊(1673年 - 1703年) - 諏訪忠虎正室
    • 三男:松平宗昌(1675年 - 1724年) - 前名:昌平
    • 四男:松平昌純(1677年 - 1704年)
    • 三女:与津(1679年 - 1705年) - 大田原清信正室
    • 七男:松平昌賁(1681年 - 1709年)
  • 側室:蓮香院/変成院(? - 1730年) - 上坂政悦の娘
    • 次女:理与(1676年 - 1681年)
    • 五男:千之助(1678年 - 1678年)
    • 四女:菅(1680年 - 1717年) - 松平吉透正室
  • 側室:智高院(? - 1749年) - 秋山安大夫の娘

関連項目

  • 片山良庵 - 松岡藩立藩の際、昌勝付きとなった軍学者。藩庁・松岡館を造営。




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