日本国内への普及
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/19 16:10 UTC 版)
「コンクリートブロック」の記事における「日本国内への普及」の解説
明治時代中期、初代浅野総一郎が浅野セメント東京工場事務所をコンクリートブロックで建築しており、これが日本で最初に使用されたものだと言われている。 第二次世界大戦後、焼け野原になった都心を復興させるために、簡易で高い不燃性を有する素材が必要となったことからコンクリートブロックが注目された。アメリカ合衆国からブロック製造機が輸入され、工場で規格化されたブロックの大量生産が始まると、瞬く間に全国へ普及した。 日本でも技術開発が進み、特に建築家の中村鎮が開発した中村式鉄筋コンクリートブロックによる建物は、1921年から彼の亡くなる1933年にかけて全国で119件が建築されている。このブロックは特徴あるL字型のものであり、彼の名前にちなんで「鎮ブロック(ちんブロック)」と称されている。 国産品の出現もあり、規格が乱立するおそれが出たため、早くも1952年にはJIS規格化されている。(JIS A 5406)
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