憲兵についての評価
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 06:11 UTC 版)
「日本占領時期のインドネシア」の記事における「憲兵についての評価」の解説
日本軍政の負の評価を大きくしているものが日本人の無遠慮な言辞や粗野な行動、原住民に抱かせた恐怖心と考えられると、芳賀美智雄は述べ、「誇張して伝えられている面もあろうが、軍人の中でも憲兵がその最たるものと言えよう」と見ている。憲兵は、主として軍事警察を掌る軍隊内の警察であるが、兼ねて行政・司法警察も掌っていた。また、海軍には憲兵はなかったが、海軍軍政地域に憲兵と類似の海軍特別警察隊を臨時編成している。 戦時中に憲兵の取調べを受けたインドネシア人は、厳しい取調べの実態について次のように回想している。「ケンペイタイは、常軌を逸するほど乱暴で残酷でした。・・・私は、眼鏡をはずされ、取調べのあいだじゅう、粗野な言葉で怒鳴り散らされるばかりでした」。ジャワ軍政監部治安部で勤務した糀谷慶次郎は、当時を振り返って拷問や虐待の行き過ぎを認めている。インドネシアの対日協力指導者の1人だったハッタは共産主義者と見なされて憲兵隊から抹殺の候補とされた。インドネシア関係戦犯容疑者のうち全体の37.6%にあたる389人が憲兵で、85人が刑死した。
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