後期リーベル時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/10 18:03 UTC 版)
「エンツォ・フランチェスコリ」の記事における「後期リーベル時代」の解説
1994年に古巣CAリーベル・プレートに復帰。リーベル・プレートで過ごした3年半でアペルトゥーラ・クラウスーラ合わせて4度リーグ優勝し、2度目の得点王に輝いた。1995年には再び南米年間最優秀選手賞に選ばれ、1996年のコパ・リベルタドーレスでは準決勝のウニベルシダ・デ・チレ戦ではアウェーゴールを決めて、決勝進出に貢献するなど、同大会優勝に大きく貢献。トヨタカップではユヴェントス(イタリア)と対戦したが、0-1で敗戦した。1997年にはサンパウロを決勝で破り南米スーパーカップ優勝に貢献した。1997年のリーグ優勝を置き土産に引退。 1999年8月1日には幼少期からの憧れのクラブであったペニャロールとの引退試合が行われ、8万人の観客に加えてウルグアイのフリオ・マリア・サンギネッティ大統領やアルゼンチンのカルロス・メネム大統領も駆け付けた。
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