島に残る島民生活と大戦の遺構
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 23:01 UTC 版)
「硫黄島 (東京都)」の記事における「島に残る島民生活と大戦の遺構」の解説
島の西側に見える船の残骸は、島を占領した米軍が防波堤とするために1945年に擱座させたコンクリート船が台風で破壊されたものとされている。うち、LCAC揚陸場近くの一隻は小型船の桟橋として利用されていた。島内には無数の不発弾が残っているとされ、この回収も困難な状況である。不発弾爆発の危険性等から、自衛隊員でも立ち入りが禁じられている地域も存在する。 大戦中に破壊された大砲や戦車の残骸、飛行場跡、地下壕跡、トーチカ跡等の戦争の痕跡が現在も数多く残っており、硫黄島の戦いで戦った兵士を慰霊、顕彰する施設・碑、かつて旧島民が暮らしていた集落や墓地があったことを偲び、慰霊する施設・碑も数多く設置されている。
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