岩松八彌とは? わかりやすく解説

岩松八弥

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/05 07:43 UTC 版)

岩松 八弥(いわまつ はちや、生年不詳 - (一説に)天文18年3月6日1549年4月3日))は、戦国時代三河国岡崎城主松平広忠徳川家康の父)を脇差で刺突した(または刺殺した)との伝承がある人物。山岡荘八の小説『徳川家康』に取り上げられて流布したほか、これを史実として肯定する説がある(後述)。刺突した史料上の初見は、1600年代前半『松平記』および『三河後風土記』と江戸初期からあるが、刺殺説は『岡崎領主古記』などかなり時代が下る。


  1. ^ 新編安城市史5資料編「古代・中世」には、総侍尼寺の寺侍本間重豊著で、17世紀のうちに成立したとあり、具体的な年次の記載はない。愛知県図書館所蔵には、出版年・寛政11年(1799年)、出版者・中村左京、出版地不明とある。岡崎市図書館にも、写本複製とあるが、年次の記載はない。国立国会図書館・国立公文書館DBには登録されていない。
  2. ^ 愛知県図書館所蔵本などでは「佐久間」とのみ記すが「朝野旧聞裒藁」所載のものは「佐久間九郎左衛門」と記している。宮内庁書陵部所蔵「静幽堂叢書36」(請求番号:103-10)所載「岡崎領主古記」がこれにあたる。
  3. ^ 国立公文書館DBには、選者あるいは著者・水野監物、校訂者・竹渓伯竜 旧蔵・昌平坂学問所とある。岡崎市図書館にも、写本複製が所蔵されている。
  4. ^ 「其の実は」として広忠の殺害を記すが、もともとこの項目は「又曰く」として述べられていることから。
  5. ^ 「佐久間九郎左衛門」は明治25年の「三河国西加茂郡誌」141頁および同書の出典としてその名がみえる「東照軍鑑」(成立年不明)では「全孝」とされている(巻1)。「三河国二葉松」「三河志」には「九郎左衛門」とする以外に見るところがない。
  6. ^ 寛政譜』では「家存 初め家政」(新訂5巻174頁)とされる人物。その孫の植村家政とは異なる(同頁)。ただし『寛永諸家系図伝』『寛政譜』共に、広忠を襲った「浅井某あるいは蜂屋」(後述)を討ち取ったのは「家政」の父「某・新六郎」のこととして記し、「或は曰く家政」とする説を否定している。松平清康の殺害犯阿部正豊を討ち取った「某・新六郎」と同一人物とみられることを理由とする。なお『寛政譜』ではこの「某・新六郎」の項に「今の呈譜、氏明に作る」とし(同前173頁)「栄安」を法名としている。
  7. ^ 信孝は天文17年に広忠と戦い討たれているので、18年に事件が起きたとすると矛盾する
  8. ^ 序によれば徳川家康譜代の家臣の平岩親吉著作。国立公文書館・国立国会図書館DB登録。幕府の儒学者の成島司直が、幕末天保に、これを原書として校正する形で、「改正三河後風土記」を作成した。成立年代については、改正三河後風土記・凡例によると、原書・三河後風土記は寛永正保の頃の撰述という。江戸初期に既に成立していたという。
  9. ^ 『三河後風土記』では、松平清康の件は「植村新六郎栄安」、松平広忠の件は「植村新六郎家次」とあり、同一人物・別人については触れていない。『改正三河後風土記』には文中で注釈がある。『改正三河後風土記』では「植村新六郎家次」ではなく、「植村新六郎」(系図には某、諱を持益:もちまさ、出羽守家政が父、大三河志は永政とする)とあり、松平清康森山崩れで、阿部正豊を討った人物と同一人物であり、清康、広忠、2代の主君の敵を討った勇士とし、井田合戦で討死は誤り、と記す。
  10. ^ 公式に記録されている広忠の男子は当時、織田氏の下にいた竹千代(徳川家康)のみであるため、広忠が死亡すれば岡崎は城主不在の城となる。
  11. ^ 村岡幹生「織田信秀岡崎攻落考証」(初出:『中京大学文学論叢』1号、2015年/所収:大石泰史 編『シリーズ・中世関東武士の研究 第二七巻 今川義元』(戎光祥出版、2019年) ISBN 978-4-86403-325-1) 2019年、P377-379.



岩松八弥

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徳川家康 (山岡荘八)」の記事における「岩松八弥」の解説

広忠近習お春許嫁

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