尊経閣文庫蔵本
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尊経閣文庫蔵本の形態は、巻物で全1巻。奥書によると書写したのは、鎌倉時代の安倍泰統である。泰統は晴明から7代の子孫であるが、『尊卑分脈』によると泰統自身は陰陽師の役職に就いていない。奥書では泰統が書写した年は貞応6年とされているが、実際には貞応は3年までしかない。このことから1221年(貞応元年)の誤記ではないかとも考えられている。村山1981では正応6年の誤記ではないかとの説を展開しながらも、尊経閣文庫蔵本が執筆された年は最終的には不明としている。しかしどの説によっても尊経閣文庫蔵本が最古の写本となる。 この写本は、江戸時代初期の1680年(延宝8年)に、安倍家の当主であった安倍泰福(あべ やすとみ)によって、加賀藩の藩主であった前田家に献上された。そのため本書は、加賀藩主前田家の文庫であった尊経閣文庫に所蔵され、それを引き継いだ前田育徳会が管理する尊経閣文庫に伝わった。
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