南興水産
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1936年(昭和11年)3月31日試験場を退職し、4月1日南興水産取締役兼研究所長となった。1937年(昭和12年)6月9日農林省に南洋群島出張を命じられ、パラオ島で鰹の加工処理を指導した。 1941年(昭和16年)4月1日南興水産蒲田研究所長となり、鰹節代用品や魚肉蛋白からのカゼインの製造等を研究した。1942年(昭和17年)6月20日海軍省により南西方面艦隊民政府支援を命じられ、1943年(昭和18年)頃図南丸で潜水艦の魚雷攻撃を避けながらマカッサルに赴任し、オランダ領東インドでの鰹漁を調査・指導した。
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