千島アイヌの領域
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/04 08:16 UTC 版)
以下の阿頼度島から新知島までは千島アイヌの領域であり、江戸時代にはチュプカ諸島と呼ばれた。 全領域が1875年の樺太・千島交換条約によって日本領となったが、1945年の第二次世界大戦末期にソビエト連邦に占領され、現在も同国を継承したロシアが実効支配している。 1875年から1945年にかけて日本が統治していた時代には、占守(シュムシュ)郡と新知(シムシル)郡とに区分された。 現在のロシアでは、北クリル市(露: Северо-Курильский городской округ)およびクリル市(露: Курильский городской округ)を構成する。
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