出羽国の成立
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和銅5年9月23日(712年10月27日)に出羽郡は出羽国に昇格し、同年10月1日に陸奥国から置賜郡と最上郡を譲られて国としての体制が整った。その後、東国・北陸などの諸国から800戸以上の柵戸を移住させた。さらにその後も柵戸や公民を中心とした郡制施行地を拡大していった。 出羽国成立当初のランクは不明であるが、律令制の下で上国とされ、蝦夷と接する重要な位置にあった。隣の陸奥国もまた蝦夷に接していたが、両国を統括する政治的・軍事的中心は主に陸奥側に置かれた。例えば、両国を統括する按察使は陸奥国守が兼任する慣行であった。陸奥国と並び黄金を産した。
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