冨川元文
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冨川 元文(とみかわ もとふみ、1949年2月11日[1] - )は、日本の脚本家である。愛知県一宮市出身[1]。
略歴
多摩美術大学彫刻科卒業[1]。小学校教師(墨田区立横川小学校。教え子に絵本作家の塚本やすしがいる。)をしていたが、その傍らで放送作家教室に通う[1]。
1977年、TBSのテレビドラマ『愛してます』で脚本家デビュー[1]。 1978年『親切』でNHKの第3回創作テレビドラマ脚本懸賞公募に入選[1]して翌年ドラマ化され、32歳の時にフリーの脚本家となる。 3年後の1982年に大河ドラマ『峠の群像』の脚本に抜擢された。
受賞
主な作品
テレビ
- 愛してます(1977年 TBS/小松吾郎と共同執筆)
- 親切(1979年 NHK/芸術祭優秀賞)
- 峠の群像(1982年 NHK)
- 青春前後不覚(1983年 NHK)
- エノケン―私が愛した喜劇王(1983年 TBS)
- 心はいつもラムネ色(1984~1985年 NHK)
- 砂の上のロビンソン(1988年 NHK)[3]
- 八十日目だなも(1988年 NHK)[4]
- 松本清張サスペンス「拐帯行」(1988年 関西テレビ)
- 高円寺純情商店街(1990年 テレビ朝日)
- 熱きまなざし(1990年 NHK)[5]
- 二本の桜(1991年 NHK/第10回(1991年度)向田邦子賞)
- 結婚しない女達のために(1991年 日本テレビ/第10回(1991年度)向田邦子賞)
- 新十津川物語(1991~1992年 NHK)
- 三十三年目の台風(1993年 NHK)
- ぴあの(1994年 NHK)[6]
- パパ・サヴァイバル(1995年 TBS)
- シリーズ女の厄年(1)結婚!?夫はいらない(1995年 フジテレビ)
- 暴力教師~君に伝えたいこと(1996年 NNHK)
- 特効薬漂流す(1996年 テレビ朝日)
- 春さん・夢配達人(1)元気家族の大誤算(1996年 フジテレビ)
- 失業白書(1997年 CBC)
- 緋が走る―陶芸青春記―(1999年 NHK)
- 海の上のラブソング(1999年 テレビ朝日)
- 櫂(1999年 NHK)
映画
- うなぎ (1997年/監督 今村昌平)
- 赤い橋の下のぬるい水 (2001年/監督 今村昌平)
- 福耳 (2003年/監督 瀧川治水)
- 出口のない海 (2006年/監督 佐々部清)
- 赤い鯨と白い蛇 (2006年/監督 せんぼんよしこ)
- 家族の日 家族の日公式ページ(2016年/監督 大森青児)
脚注
- ^ a b c d e f 週刊テレビ番組(東京ポスト)1986年3月14日号「脚本家の横顔」65頁
- ^ “第10回受賞者 富川元文”. 東京ニュース通信社公式サイト. 東京ニュース通信社. 2025年4月22日閲覧。
- ^ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'88』日本放送出版協会、1988年、116頁。
- ^ 日本放送協会放送文化調査研究所放送情報調査部『NHK年鑑'88』日本放送出版協会、1988年、112頁。
- ^ 日本放送協会放送文化研究所放送情報調査部『NHK年鑑'91』日本放送出版協会、1991年、154頁。
- ^ 日本放送協会放送文化研究所放送情報調査部『NHK年鑑'95』日本放送出版協会、1995年、191頁。
固有名詞の分類
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