八幡町 (愛知県)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/04 09:10 UTC 版)
![]() |
この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。(2016年6月)
|
やわたちょう 八幡町 |
|
---|---|
八幡町道路元標
|
|
廃止日 | 1955年4月1日 |
廃止理由 | 合併 |
現在の自治体 | 知多市 |
廃止時点のデータ | |
国 | ![]() |
地方 | 中部地方、東海地方 |
都道府県 | 愛知県 |
郡 | 知多郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 18.08 km2. |
総人口 | 14,802人 (愛知県郡市町村勢要覧[1]、1950年10月1日) |
八幡町役場 | |
所在地 | 愛知県知多郡八幡町大字八幡字月山6 |
座標 | 北緯34度59分48秒 東経136度52分24秒 / 北緯34.99672度 東経136.87328度座標: 北緯34度59分48秒 東経136度52分24秒 / 北緯34.99672度 東経136.87328度 |
ウィキプロジェクト |
八幡町(やわたちょう)は、愛知県知多郡にかつて存在した町。現在の知多市北部に該当する。
町名は八幡神社[2]に由来する。
伊勢湾に面し、かつては海水浴場も存在したが、海岸は埋め立てられ、臨海工業地帯となっている。
歴史
- 江戸時代、この地域は尾張藩領であった。
- 1878年(明治11年) - 平井村、中島村、迫間村、堀之内村が合併し、八幡村となる。
- 1889年(明治22年)10月 - 町村制施行に伴い、八幡村を設置。
- 1906年(明治39年)4月13日 - 八幡村、新知村、佐布里村が合併し、八幡村となる。
- 1922年(大正11年)4月1日 - 町制施行し、八幡町となる。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 八幡町、岡田町、旭町が合併し、知多町となる。
交通機関
学校
- 八幡町立八幡中学校(現・知多市立八幡中学校)
- 八幡町立八幡小学校(現・知多市立八幡小学校)
- 八幡町立新知小学校(現・知多市立新知小学校)
- 八幡町立佐布里小学校(現・知多市立佐布里小学校)
- 八幡町立新田小学校(現・知多市立新田小学校)
神社・仏閣
- 牟山神社
- 八幡神社
- 雨寶山如意寺
- 雨寶山正法院
観光
出身・ゆかりのある人物
脚注
- ^ 愛知県総務部統計課 1951年10月刊行
- ^ 現在の知多市八幡字荒古後にある八幡神社。
- ^ 『大衆人事録 第11版』タ141頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年2月11日閲覧。
参考文献
- 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第11版』帝国秘密探偵社ほか、1935年。
関連項目
外部リンク
- 愛知県知多郡八幡町 (23B0090023) | 歴史的行政区域データセットβ版 - Geoshapeリポジトリ
- 八幡町_(愛知県)のページへのリンク