光孝平氏
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 12:35 UTC 版)
58代光孝天皇の孫・式膽王、興我王及び忠望王の子孫。 「光孝天皇の皇子・是忠親王の子孫が「平朝臣」を賜姓されて臣籍に下ることによって成立した氏族」を光孝平氏と定義している文献もあるが、是忠親王の子孫でも源清平・源宗于(以上是忠親王の子)・源康行(英我王の子で康尚の父。英我王は是忠親王の子)のように源朝臣を賜姓されて光孝源氏となった者もいるため、正確には式膽王・興我王・忠望王の子孫が光孝平氏である。また、平高棟の孫・平中興は是忠親王の子・忠望王の養子になったため、血筋からみると高棟王流桓武平氏だが中興の子孫は光孝平氏である。従って平元規(中興の子)も光孝平氏である。 光孝平氏系図 実線は実子、点線は養子。 光孝天皇(時康親王) 是忠親王 式膽王 興我王 忠望王 季明 篤行 中興実父は桓武平氏高棟流の平季長 兼盛 元規 平中興女
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