使役建造物
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/10 15:05 UTC 版)
島の北西側にある以前は駐屯地病院だった建物515は、後年になって入隊した士官たちの住宅として活用された。3階建てのレンガと石灰岩の建物は、マッキム、ミード&ホワイトによるネオジョージアン様式の設計で1935年に建設された。近くにはタンパ記念図書館(建物S-251)があり、1階建ての長方形の木造建築である。1908年に建設されて当初は倉庫として機能し、1918年に巡視カッター船のタンパ号が沈没した後に改名された。 パレード広場の南にある砲台(サウス・バッテリー)周辺一帯には、以前の使役建造物が幾つかある。水辺に近い1階建てのレンガ造りの建物301には、PS26という小学校が入っていた。元々は1934年に建てられたが、1959-1960年に翼棟が2つ追加された。西側には建物324があり、1926年に陸軍のキリスト教青年会(YMCA)として建設された。1937-1939年に建てられた700席の2階建て劇場である戦争省劇場(建物330)は、YMCAの西側にありガバナーズ島の南部に面している。 かつてサウス・バッテリー付近にあったのが建物293こと以前のガバナーズ島ゲストハウスでSuper8というモーテルだった。中1階があるレンガ造りの建物は、元々は1871-1872年に建てられた宿舎だった。放棄されたモーテルは、パレード広場を拡大するために2007-2008年に解体された。ガバナーズ島の南部には、バーガーキングとボーリング場が入居していた建物785があった。
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