体積形式とは? わかりやすく解説

体積形式

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/16 02:04 UTC 版)

微分可能多様体(differentiable manifold)上の体積形式(volume form)とは、多様体上至る所 0 とはならない最高次数の微分形式のことである。n 次元多様体 M における体積形式は、余接束の第 n 外積束である直線束 の、至る所 0 にはならない切断として定義される。

ある多様体が体積形式を持つことと、その多様体が向き付け可能であることとは同値である。向き付け可能な多様体は、任意の至る所 0 にならない関数をある体積形式に乗じることで別の体積形式が得られるため、無限個の体積形式を持つ。一方、向き付け不可能な多様体上には体積形式は存在しないが、代わりに密度(density)や擬体積形式(pseudo-volume form)と呼ばれる、より一般化された対象を定義することができる。

体積形式は、微分可能多様体上の函数の積分を定義する方法をもたらす。言い換えると、体積形式は測度をもたらし、この測度に関して函数は適切なルベーグ積分により積分することができる。体積形式の絶対値は、体積要素(volume element)であり、ツイストした体積形式(twisted volume form)や擬体積形式(pseudo-volume form)などとも呼ばれる。これも測度を定義するが、向き付け可能か否かに関係なく任意の可微分多様体上に存在する。

多様体が特定の幾何構造(リーマン計量シンプレクティック形式、複素構造など)を持つ場合、その構造から「標準的」な体積形式が自然に誘導されることが多い。例えば、向き付けられたリーマン多様体や、シンプレクティック多様体(およびその特殊なケースであるケーラー多様体)は、それぞれ固有の体積形式を備えている。これらの詳細は#特別な場合の節で述べる。

具体例

最も単純な例は、標準的な座標 を持つ n 次元ユークリッド空間 における標準的体積形式である:

この形式による積分の値は、領域の標準的なルベーグ測度による体積と一致する。

また、2次元平面内の単位円周(1次元多様体) では、角度パラメーター を用いて と表される。より一般に、n 次元球面 は、周囲のユークリッド空間 の標準的体積形式 と、半径方向の単位法ベクトル場 を用いて、その内部積 として標準的な体積形式が誘導される。

向き付け

すべての局所座標系英語版(coordinate atlas)の変換函数が正のヤコビ行列式をもつとすると、多様体は向き付け可能となる。そのような座標の選び方のうち、最大のものが M の向き付けを定義する。M 上の体積形式 ω は、ユークリッド体積形式 の正の値をかけたものへ ω を変換する局所座標系として、自然に向きを決める。

M 上の特別に選ばれた標構英語版(frames)も、体積形式は持っている。

であれば、接ベクトルの基底 (X1,...,Xn) が右手系である。

右手系のすべての標構の集まりには、正の行列式を持つ n一般線型群 群作用する。これらは M線型標構バンドル英語版(linear frame bundle)の 部分バンドルを形成し、体積形式に付帯する向きは、標構バンドルの構造群を へと制限(リダクション)する。すなわち、体積形式は M 上に -構造英語版を与える。さらに、このリダクションは、

(1)

をとる標構を考えることにより、一層明らかとなる。

このように、体積形式は SL(n)-構造を与える。逆に、SL(n)-構造が与えられると、特殊線型標構の式 (1) を導入することにより、体積形式を再現することができる。

多様体が向き付け可能であることと、体積形式をもつこととは同値である。実際、正の実数をスカラー計量として埋め込むと、GL+ = SL × R+ であるので、SL(n) → GL+(n) は変形レトラクト(deformation retract)である。このように、すべての GL+(n)-構造は、SL(n)-構造と GL+(n)-構造に帰着でき、M 上での向きは一致する。さらに具体的には、行列式バンドル の自明性と向き付け可能性は同値であり、ラインバンドルが自明であることとどこでも 0 とならない切断を持っていることは同値である。従って、体積形式の存在は向き付け可能性と同値である。

体積形式の不変量

体積形式は一意には決まらない。向き付けられた多様体 M 上の n 次外積束 はランク1の線束(直線束)であり、その至る所 0 にならない切断の集合は、0 にならない滑らかな関数の族による作用を受ける。逆に、2つの体積形式 が与えられると、それらの比率は 0 にならない函数(定義が同一方向の向き付けであれば、正、逆方向の向き付けであれば、負)である。

座標系で表すと、両方とも、単純に 0 とならない函数にルベーグ測度をかけると得られるので、それらの比率は函数の比率になり、座標の選択とは独立な値となる。本質的には、 に関して ラドン・ニコディム微分である。向き付けられた多様体上で、2つの体積形式の比例性は、ラドン・ニコディムの定理の幾何学的な形と考えることができる。

局所構造の非存在

多様体上の体積形式は、与えられた体積形式とユークリッド空間の体積形式とを識別する小さな開集合を持つことができないという意味で、局所構造を持たない。(Kobayashi 1972). すなわち、M のすべての点 p で、開近傍 U と U から Rn の中の開集合の上への微分同相写像 φ が存在し、U 上の体積形式が φ. に沿った 引き戻しである。

系として、M と N をそれぞれ体積形式 を持つ 2つの多様体とすると、任意の点 に対し、m の開近傍 U と n の開近傍 V と写像 が存在し、N 上の体積形式の V への制限が、M 上の体積形式の近傍 U への制限へ引き戻される。つまり、 である。

従って、1-次元では次のことを証明することができる。 上の体積形式 が与えられると、

を定義することができる。すると、ルベーグ測度 の下で 引き戻される英語版(pulls back)。具体的には、 である。高次元では、与えられた任意の点 で、 と局所同相な近傍を持ち、同じプロセスを適用することができる。

大域構造である体積

連結多様体 M 上の体積形式は、唯一の大域不変量を持っている。すなわち、体積 であり、写像で保存される体積形式の不変量である。 のルベーグ体積な無限大も可能である。不連続な多様体上では、各々の連結成分の体積が不変量である。

記号として、 は、 へ引き戻す多様体の同相写像であるので、

であり、多様体は同じ体積を持つ。

体積形式は、被覆写像の下での引き戻しでもあり、ファイバー上の数値(公式にはファイバーに沿った積分により)を掛けることにより体積を得る。無限個のシートの被覆( のような)の場合は、有限体積を持つ多様体上の体積形式は、無限の体積を持つ多様体の上の体積形式の引き戻しである。


測度との関係

向き付けられた多様体上の体積形式 ω に対し、その絶対値 |ω| は密度英語版(density) と呼ばれる対象を定める。体積形式が座標変換の際にヤコビ行列式を乗じて変換されるのに対し、密度はヤコビ行列式の絶対値を乗じて変換される。この変換性により、密度は多様体の向き付け可能性に依存せず、任意の微分可能多様体上で(向きを指定せずに)積分の概念、すなわち測度を定義することができる。向き付け不可能な多様体において、体積の概念を扱うにはこの密度(あるいは擬体積形式)を用いる必要がある。

任意の体積擬形式 ω (と、従って任意の体積形式)は、

によりボレル集合上の測度を定義する。

体積形式と測度の本質的な違いは、測度が(ボレル)部分集合上で定義され、領域の「大きさ」のみを問題にするのに対し、体積形式は向き付けられた対象の上で積分される点にある。例えば、一変数関数の積分において と符号が反転するのは、 を単なる測度ではなく向き付けられた微分形式として扱っているためである。測度として扱う場合、積分領域は集合としての区間 であり、積分の順序によって値が変わることはない。

さらに、一般の測度は連続であったり、滑らかであったりする必要もない。測度は体積形式により定義されている必要がなく、より公式な言い方をすると、測度のラドン=ニコディム微分が与えられた体積形式について絶対連続である必要もない。

発散

M 上の体積形式 ω が与えられると、ベクトル場 X の発散を、一意なスカラーに値を持つ函数として表すことができ、div X と記し、

を満たす。ここに、LX は X に沿ったリー微分を表す。X がコンパクトな台を持つベクトル場で、M が境界をもつ多様体(manifold with boundary)であれば、ストークスの定理は、発散定理を一般化して、

となる。

ソレノイドベクトル場英語版(solenoidal vector field)は、div X = 0 であるベクトル場である。体積形式がソレノイドベクトル場のベクトルフロー英語版(vector flow)の下に保存されるということは、リー微分の定義から従う。まさに、ソレノイドベクトル場は、体積保存フローである。この事実は、たとえば、流体力学ではよく知られていて、速度場の発散は流体の圧縮度を測る。このことは、流体のフローに沿って体積が保存されることを拡張した表現である。

特別な場合

リー群

すべてのリー群に対し、自然な体積形式を変換により定義することができる。すなわち、ωe の元とすると、左不変形式が により定義される。ここに Lg は左変換である。この系として、すべてのリー群は向き付け可能であることが分かる。リー群の体積形式はスカラー倍を除き一意的であり、対応する測度はハール測度として知られている。

シンプレクティック多様体

すべてのシンプレクティック多様体(あるいは、実際すべての概シンプレクティック多様体英語版(almost symplectic manifold))は、自然な体積形式を持っている。M がシンプレクティック形式 ω を持つ 2n-次元多様体であれば、シンプレクティック形式の非退化性の結果、ωn はどこでも 0 にならない。この結果、すべてのシンプレクティック多様体は向き付け可能である(実際、向き付けがなされている)。多様体がシンプレクティック多様体で、かつ、リーマン多様体であれば、2つの体積形式は、多様体がケーラー多様体である場合に一致する。

リーマン多様体の体積形式

向き付けられたリーマン多様体(または擬リーマン多様体)には、その計量から誘導される自然な体積形式が存在する。これをリーマン体積形式と呼ぶ。局所座標系 を用いると、この体積形式は次のように表される:

ここで は、計量テンソル を行列とみなしたときの行列式の絶対値である。この表現は、正規直交基底において体積形式が となるように正規化されていることを意味する。擬リーマン多様体(例えばローレンツ多様体)の場合、行列式 は負の値を取り得るため、絶対値記号が必要となる。

体積形式は次のようにも表される。

ここでは、∗ はホッジ双対であるので、最後の右辺の形 ∗(1) は、体積形式が多様体上の定数写像のホッジ双対であることを意味していて、レヴィ・チヴィタテンソル に等しい。

ギリシャ文字の ω はここでは体積形式を表すことに使われている。シンボルの ω は微分幾何学では、他に多くの意味を持っている(たとえば、シンプレクティック形式)。

参照項目

参考文献


体積形式

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/18 06:54 UTC 版)

斜交ベクトル空間」の記事における「体積形式」の解説

ω を n 次元実ベクトル空間 V の形式 ω∈ Λ2(V) だとする。すると、ω は n が偶数のときに限り非退化であり、ωn/2 = ω ∧ … ∧ ω は体積要素である。e1,… ,enn 次元ベクトル空間 V の標準基底とするとき、V の体積形式とは、これらの積により一意定まる n 形式 e1* ∧ … ∧ en* である。 前節定義した標準基底を使うと、 ω n = ( − 1 ) n / 2 x 1 ∗ ∧ … ∧ x n ∗ ∧ y 1 ∗ ∧ … ∧ y n ∗ {\displaystyle \omega ^{n}=(-1)^{n/2}x_{1}^{*}\wedge \ldots \wedge x_{n}^{*}\wedge y_{1}^{*}\wedge \ldots \wedge y_{n}^{*}} である。順番変え、 ω n = x 1 ∗ ∧ y 1 ∗ ∧ … ∧ x n ∗ ∧ y n ∗ {\displaystyle \omega ^{n}=x_{1}^{*}\wedge y_{1}^{*}\wedge \ldots \wedge x_{n}^{*}\wedge y_{n}^{*}} . と書くことができる。筆者により、様々に ωn または (−1)n/2ωn を標準体積形式として定義している。場合により、交代積の定義に因子 n! を含むか否かにより、因子 n! をかける場合もある。体積形式は、斜交ベクトル空間 (V, ω) の向き定義する

※この「体積形式」の解説は、「斜交ベクトル空間」の解説の一部です。
「体積形式」を含む「斜交ベクトル空間」の記事については、「斜交ベクトル空間」の概要を参照ください。

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