休戦以降
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/22 02:09 UTC 版)
「ヌーレッディン・パシャ」の記事における「休戦以降」の解説
1918年10月30日夕刻に調印され31日正午に発効したムドロス休戦協定の後、イズミルに司令部を置く第17軍団長に任命され、アイドゥン県知事を兼務した。12月30日、イスタンブールに司令部を置く第25軍団長に任命され、 1919年2月2日、ウルラ半島で叛乱が発生したため、アイドゥン県知事とアイドゥン地区司令官に再任された。 ヌーレッディン・パシャは、イズミルで政党、協会、商工会議所の代表から成る諮問委員会を設立し、イズミル権利擁護オスマン協会 (İzmir Müdafaa-i Hukuk-ı Osmaniye Cemiyeti).の活動を支援した。 しかし、協会の活動は、ヌーレッディン・パシャの解任とともに停滞した。ギリシャ軍のイズミル上陸に対するトルコの防衛能力を弱体化させるため、連合国、特にイギリス首相ロイド・ジョージは、イズミルからヌーレッディン・パシャを排除するよう要求した。イズミルの占領以前に、スミルナ総主教クリュソストモスと対立した民族主義者の将軍ヌーレッディン・パシャは解任された。 3月11日にアフメド・イッゼト・ベイが後任の知事に、3月22日にはアリ・ナーディル・パシャが後任の軍団長に任命された。
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